障がいは社会の側にある

こんにちは。

まず、見出しの言葉。

もとはとある国立大学名誉教授の言葉であるが、今はむしろ某大手就労移行支援事業所の運営会社のスローガンになっています。

というより、最近、私もそう思えるようになりました。

ソウス…発達障がい者が実際にとある特例子会社で働いてみての感想

詳しくは上記のリンクをご覧いただきたいが、要は

特例子会社を含む障害者枠というと、どうしても仕事や業務が限定されてしまう

ということです。

他方、発達障がいを抱えている人たち、とりわけアスペルガー症候群やADHDに分類される人たちの中には、

特定の分野において並外れた能力を持っていることがある

とされています。

私は生まれつき自閉症で、今でも音声過敏(サイレンの音に異常に反応する)、食毛症(強迫神経症に近い…これは幼少期に厳しすぎる躾を親から受けた場合に発症することが多い)などの障害が残っており、アスペルガー症候群に分類され、軽度発達障害に認定されています。

ところが、このアスペルガー症候群に分類される自閉症を抱える人たちは、時として「天才」と呼ばれるほどの才能を持っていることがある。あるいは、特定の分野においてものすごい能力を発揮することがあります。

私もどうやらこのパターンに分類されるらしい。というか、私の場合、まさに「風船」がそうであした。

これは昨日(4月22日)、とあるイベントで制作した作品の一部。

単なる会場装飾に一見見えるが、実はスパークリング日本酒の華やかさをイメージして制作した作品です。

ここで供されたのが「三谷春」という日本酒。実際私もいただいたが、特筆すべきはこちら

リンク先に具体的な商品が記載されているので、紹介はそちらに譲りますが、率直な感想

こんな華やかな日本酒の香りは今まで体験したものではなかった

まさに口に含んだ瞬間、花吹雪が舞った

という印象でした。

華やかな印象のお酒、といえば、これまでシャンパンをイメージしていましたが、これはそのシャンパンに匹敵するものでした。

この素晴らしい日本酒と私が制作したバルーンのイメージが重なり合い、宴は大変すばらしくかつ有意義なものになりました。

その際、この「三谷春」さんの蔵元のオーナーの方とお会いしたのですが、私の風船に対する思いにすごく感動し、絶賛してくださいました。

そこで出たのが、私の発達障がいについての話。

「障害は、社会が決めつけている節がある」

このオーナーさんは、そう話してくださいました。

私は納得しました。

才能を生かさずに、ただ「規格外」として扱おうとするから、障害と判定される、ということなのです。

私が常々唱えている言葉。

くす玉を見つけ出すのも自分自身。

そのくす玉を花開かせるのも自分自身。

親はそのそばで応援するのが役目。必要に応じて手助けしてもよいが、決してそのくす玉に手を出してはいけない。

絶対に親がやっていけないことは、くす玉を探してきて割って見せることと、見つけ出したくす玉を片付けて、捨てること。

私の場合、親は何をしたのか…見つけ出したくす玉を勝手に片づけ、捨ててしまったのです。

これは絶対にやってはいけません。飲酒運転などと同じ「絶対アカン行為」なのです。

これをされた子供は、生涯無気力感をもって生き続けることになり、結果自立できなくなるのです。

一種の「虐待」です。表に見えにくい「虐待」であり、犯罪行為です。

その結果、子どもはストレスを抱え、最悪強迫神経症およびそれに近い症状に至り、二次障害に陥ってしまうのです。

Thanks for Everything!

Thanks for Everything!

私がこうして今風船に生命を吹き込み続けることができるのも、いま所属している会社の理解があってからこそです。私が風船に生命を吹き込み続けることによって、発達障害があるとされる子どもたちとその親に、夢を持ち続け、実現に向かって努力するという私の生きざまを伝え続けるということは、私の果たすべき使命であると考えます。その思いを一つ一つの風船に詰め込み、形作り、感動を生み出すことによって、社会が勝手に作った「障害」という概念を変えていくことを私は目指しているのです。

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