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ysdream について

1997年から2013年までバルーンアーティストとして活動、現在はサラリーマンをしながらボランティアなどでバルーンアートの活動をしています。

私が風船に生命を吹き込み続ける理由

こんばんは。

今日は私の裏サイト「(新)ふうせんだいすきおっさんのひとりごと」に関連した内容です。

私は、どうやら生まれつきの自閉症に伴う発達障がいに加えて、親の育てられ方に由来する「愛着障害」を併発しているような気がしています。

簡単に愛着障害の症状を並べてみます。(ソウス

  • 特定の人と親密な関係が築けない。
  • 恋愛で恋人が離れていかないようにわざと相手を困らせるようなことをしてしまい、失敗する。
  • 人と親しい関係になるのがわずわらしいと考える
  • 他人からの評価を異常に気にする
  • 自分が嫌いで自己肯定感が低い
  • 人に頼ったり甘えることができない
  • 他人にSOSを出して助けを求めることができない
  • 自分の気持ちは押さえて相手ばかりに合わせてしまう
  • 拒否されたり傷つくことに敏感
  • 嫌われないかといつもビクビクしている
  • 見知らぬ人にも近寄りすぎる
これらは幼い頃に親から愛情を与えられなかった経験が、他人との関係性にまで影響を及ぼしている例です。

かくいう私ですが
赤字は強い傾向を示しています。
橙字はややその傾向を示しています。
紫字はかつてその傾向が強かったですが、最近やっと克服できたものです。
緑字はどちらかといえばそうではないです。

赤字の症状には今も苦しめられています。その上にストレスが原因の「異食症」まで発症しています。

ここで注目したいのが、紫字で表示した

自分が嫌いで自己肯定感が低い

ということ。

同じソウスには、「自分がこうなったと自覚している場合の対処法」もあります。

どんなに小さなことでもいいので、“自分が認められる体験”を今から積むのです。
幼いころに得られなかった“人から大事にされる、認められる”という経験をこれから積んで、自分に自信を持てるように回復させるしかないのです。

私の場合、「風船」がまさに「自分が認められるための体験を積む手段」となったのです。「風船」がなかったら、今頃自ら命を絶ってこの世に存在していないか、親を殺して塀の中にいる(あるいは国家によって殺処分されている)かもしれなかったのです。

私はこれからの人生、私と同じような苦しみを味わう子どもたちを少しでも減らすことに尽力したいです。そのために私は今後もバルーンアーティストとしての活動を続けます。

 

 

思い切ってくす玉のひもを引っ張ってみよう!

こんにちは。

最近、再び「自己理解」「自己分析」を繰り返すようになりました…が、

一番自分らしい生き方って何だろう…

と改めて思い返してみました。すると…

spark!spark!spark!

spark!spark!spark!

ありがとう、という思い

ありがとう、という思い

くす玉のはじける瞬間にあこがれて、バルーンアーティストになった

そして花開かせたくす玉の数だけ、笑顔の華が花開いた

この私ができることって、やっぱりくす玉を華開かせることだろう…

というわけで、何気なくネットサーフィンをしていると、このようなブログに行き当たりました。

ソウス

上記ソウスより引用

くす玉を割る瞬間の手応えと、割った瞬間の絵も言われぬ幸せ感は、忘れることができません

(中略)

くす玉が割れた瞬間、『わぁ〜〜クラッカークラッカークラッカー!!』ってそこにいるすべての人のお顔が、最高の笑顔に輝くのです!ふんわり風船星爆  笑ふんわり風船星なんて素敵な瞬間でしょうか〜。乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキまるで魔法にかかったように、一瞬で幸せな空気が降り注ぐのです。爆  笑ドキドキふんわり風船星

引用ここまで

それだけではありません。

風船の中に風船を入れるワークショップ、「くす玉バルーン制作体験」と呼んでます。それに私は一昨年から取り組んでますが、参加してくださった方が「できた!」ときの笑顔、まさにくす玉がはじけるような最高の笑顔なのです!

その笑顔、どこから来るのでしょうか…

キーワードはやはり

達成感と自己肯定感

でしょう。

私は親子を対象にしたワークショップで、この「くす玉バルーンワークショップ」を実施しています。一見難しい「くす玉バルーン」も、実際に体験してみれば、そう難しいものではないのです。そして、できた時、子どもさんの中でくす玉が一つ花開くのです。この咲いた花がすなわち

達成感と自己肯定感

なのです。

さらに、私はこのような体験もしていただくことがあります。

 

バルーンクラッカーのひもを実際に引っ張っていただく体験です。

この時の様子

この4月もこのワークショップをとあるところで実際に行うことにしています。

そして、くす玉にあこがれて、実際に「くす玉バルーン」を世に多く送り出したバルーンアーティストですが、実際には

自己否定の塊

だったのです。その原因は幼少期の親からの育てられ方にありました。生まれつきの自閉症(=「発達障害」=「アスペルガー症候群」)を抱えていた上に、幼少期から今に至るまで連綿と続く「押しつけ」といっても過言ではない厳しすぎる躾が結果的に「愛着障害」さらには「コミュニケーション障がい」をもたらしました。

この現実に真正面から私は向き合い、出した答えは

自己否定を捨てよう、自分の想いに素直に生きよう

ということでした。そしてたどり着いたところは…

自分に「おめでとう」ということができる

ことだったのです。

congratulations!

congratulations!

私は早ければ本年中に、新たな職業に就くかもしれません。

バルーンアーティストとしての活動は続けますが、規模は縮小する方針です。世界情勢にヘリウムガスの動向が左右され、他方バルーンデコレーターは増える一方、バルーン市場が大きくなっているとはいえ、これまでののやり方では行き詰まるのは間違いないと考えています。だからこそ、自分ができることを考えるのです。

そして、これから私がすべきことは、

たくさんの人のくす玉を華開かせる手助けをする

ことです。すでにとあるインターネットラジオ局から「番組を持たないか」といわれていて、その番組の中でも伝えていく取り組みをしようと考えているところです…初期投資が結構かかるのですが…(バルーン機材よりは金額は多くないが)

その中で、実際にバルーンクラッカーのひもを皆さんに「おめでとう!」という掛け声とともに引っ張っていただきたいなあ、と考えています。

くす玉とはすなわち、自己肯定感と達成感のことであります。

私は2000年から20年弱の間、無数の「くす玉バルーン」を制作し、世に送り出してきました。そしてごく一部の例外を除き(東日本大震災の津波に飲まれた可哀相なものもあった)、たくさんの「おめでとう!」に包まれて華開き、たくさんの笑顔の華を咲かせてきました。

その無数の「くす玉バルーン」を制作した張本人は、「くす玉のはじける瞬間にあこがれてバルーンアーティストになった」のです。くす玉を作り続け、花開かせ続けたからこそ、自己否定を克服することができたのです。一人ひとりのくす玉はそれぞれ違うけれど、華開くときの達成感と自己肯定感はとてつもなく大きいことに変わりはありません。その経験を生かして、「一人でも多くの人の達成感と自己肯定感というくす玉を華開かせる」手助けをしていくのが、自らの次のキャリアになるのでは、と考えています。

だからこそ、私は一つ一つの風船たちに生命を吹き込み続け、くす玉を華開かせ続けるのです。

そして、くす玉のひもを引っ張るのにはものすごいパワーがいります。しかし、思い切って引っ張ると、そこにはたくさんの笑顔の華が咲き誇るのです。そして、引っ張った本人は「達成感と自己肯定感」、そして「成功体験」がもたらされるのです。

 

笑顔の華を咲かせる、ということ

今年初めての投稿なのです…が、ちょっと今煮詰まっています。

「ふうせんまつり」の準備が停滞しているのです。というか、内容を少し変える必要性が出てきたのです。このようなコンセプトでは集客が厳しい、2日間もやることによって集客面でどうなのか、という意見が出てきたのです。この余波が通常のバルーン以外の仕事にまで及び、自分一人で考えてしまうとしんどくなってしまうのです。

一方で、このような「ふうせんまつり」という、最高の舞台をみんなが作って下さるということ自体、これまで私がやってきたことが如何に素晴らしいことなのか、ということを表しているとも思えます。

実行委員会のチャットの中で

「実行委員となった方々は私を含め、バルーンの持つ魅力や梶川さんのお人柄や作品の魅力に十分に気付いている集団です」

という発言がありました。このような発言が出て、ほかの皆さんからもそれを支持していただいている…このようなこと自体本当に素晴らしいことだと思いますし、今までやってきたことを認めていただいて、それを踏まえて最高のものをつくりあげようとしているチームができていることにありがたく思っているところであります。

それだけではありません。私が生命を吹き込んだ風船たちに接した方々から

「素晴らしいです」「元気が出ます」

という声が相次いでいます。だからこそ、風船に対する想いがより強くなるのです。

そんな中、私を元気づける

言葉のくす玉

みたいな絵手紙の作者さんに出会いました。

「maco」で検索してください。こちらからもご覧になれます。

とにかく一目見ただけで言葉から紙吹雪と風船が舞うような絵手紙でした。それぐらい素敵なものでした。購入したのは言うまでもありませんし、できることなら何らかの形で「ふうせんまつり」にかかわっていただきたいです。

macoさんの絵手紙と、私のバルーン作品や演出、そしてバルーングラフィックに共通するもの…

笑顔の華を咲かせることができる

ということなのです。

今日も一枚のバルーングラフィックを制作しました。

Thanks So Happy!

Thanks So Happy!

2019年最初のバルーングラフィックはこちら

今年もHappy!

今年もHappy!

「ふうせんまつり」最大の見せ場は、

最低1000個のバルーンシャワー

そして

最低1000個のバルーンリリース

です。

そして、風船たちが奏でる夢の国、それ自体が見せ場なのです。

悔いの残らないように、普段できないことも思う存分させていただく所存です。

それによって、どれだけの笑顔の華が花開くか…わくわくします。

その日まで、あと100日を切っています。

くすだまパーン!もっとたくさんの笑顔の華を咲かせたい!

パンパカパーン!

いきなりファンファーレで始まった投稿です。

 

全部自分が手掛けた感動の瞬間を集めた動画です。

今年、私はどれだけの笑顔の華を咲かせることができたのでしょうか…

あまりにも多いので、サムネイルにしました。

続いてバルーングラフィックから。

Happy Happy Spring!

Happy Happy Spring!

ようこそ夢の国へ!

ようこそ夢の国へ!

smile!smile!smile!

smile!smile!smile!

はじけろ!たくさんの笑顔たち

はじけろ!たくさんの笑顔たち

カラフルドリーム

カラフルドリーム

CHEERFUL HAPPY!

CHEERFUL HAPPY!

ありがとう!

ありがとう!

こちらも多いので、ほんの一部。

あまりにも多いので、今年は作品をまとめたバルーングラフィックを作るのを断念しました。それだけ多くの風船たちに生命を吹き込み、多くの作品と感動の瞬間をつくりあげ、多くの笑顔の華を咲かせることができたのです。

そして、今年気が付いたこと。

いつの間にか、私は

多くの人を幸せにできる、はじけるくす玉のような笑顔を見せることができるようになっていた

のです。

ある意味、作品の一つ一つは自分のために作ったようなものでした。一種の「自己表現」です。その生み出した作品たち、感動の瞬間たちが多くの人々の心を幸せにし、感動させ、笑顔にしていったのです。

そういう作品を創り出すことができること自体が幸せですし、そこから生み出される表情がまさにはじけるくす玉のような笑顔となり、そしてその笑顔がさらに多くの人を幸せにしているという事実…

私のその生き方に、多くの人が元気づけられている、という事実があります。とりわけ私はいわゆる「アスペルガー症候群」に分類される、一種の自閉症を抱えています。そのような障がいに苦しむ人たちを元気づけることができる今の自分があります。

私は今年、自己理解に改めて取り組んでみました。すると、

バルーンアーティストは天職だった

ことを改めて実感することになりました。

そして、まさにはじけるくす玉のような笑顔で多くの人を幸せにできる今の自分に対し

おめでとう!

と自分から言うことができるまでになりました。数年前の自分からは全く考えられないことです。

しかし、まだまだ終わりません。

来年は、もっと大きなくす玉を華開かせます!それも、とてつもなく大きなくす玉を。

2018年の記事は、これにて終了とさせていただきます。よい新年をお迎えください。

「不運=不幸」ではない!!

こんにちは。

今日はクリスマスイブです…実は訳ありで今年も「シングルベル」になってしまいました…

理由は「ある{不運}に見舞われた」からなのです。

しかし、私は今「不幸」ではありません。

私は生まれつきの障がいを抱えています。幼少期、言葉をしゃべることができず、それ故に受け続けた両親、とりわけ母親からの厳しすぎる躾、その結果として思春期以降今日まで続く生きづらさ…この「生きづらさ」はまさに「精神障碍者」に認定されるほどのレベルでした。幼少期に抱えた強大なストレスは今でも私を苦しめています。現実に私は幼少期に強いストレスを受け続けたことによって生じる後遺症の一つである「異食症」に苦しんでいますし、家出・非行・家庭内暴力をすべてしています。

少し間違えれば、私は親を殺していた可能性さえあったのです。

そして私は「災害や不可抗力の事故に巻き込まれて命を落とすことも自己責任」とまで考えていました。一方「努力も運がなければ身を一切結ばない」と長年考えていました。

「オールオアナッシング」極端な白黒思考になっていたのです。

生まれつきの発達障害と厳しすぎる両親の躾、その躾は父親及び母親の家庭双方に長年受け継がれてきたもので、とりわけ母親は薩摩藩に伝わる教育の影響を強く受けていました。母方の叔母が生涯独身のまま、「緩慢な自殺」といってもよいような形で孤独死しましたが、それもこの影響と私は考えています。このような根深い認知のゆがみが母親の家系全体に蔓延していました。そのような認知のゆがみの原因は何か、正面から向き合わないと「不幸=不運」になってしまいます。

この「根深い認知のゆがみ」の根本的原因に向き合うことなく、そのまま突っ走っていくと、間違いなく行き詰まります。だから旧Y’s Dreamは行き詰まったのです。

残念ながら、両親はバルーン業界をカルト呼ばわりするなど、間違った答えを導きだしてしまいました。長年しみついてきた「誤った思考」を変えることはできない、と私は結論付けました。そして私は一時期儒教を勉強し、「よしんば道を誤った親といえど、子は泣いて従わねばならない」という考えに基づき、自分を捨て去ることを試みました。…が、それはできませんでした。

鬱の症状を呈して、はじめて私は「根深い認知のゆがみ」の本当の原因と向き合うことができました。そしてそれを踏まえて、今行動しているのです。

そもそも、私がプロのバルーンアーティストになろうとした理由は、風船が好きだったこともさることながら、

風船で一人でも多くの人を幸せにすることのほうが社会に貢献できる

と判断したからなのです。

旧Y’s Dreamの理念ともいうべき言葉

Balloons Make Everyone Happy!

は、そういう想いを一言で言い表した言葉で、1997年に活動開始した当初から変わらないものです。

「根深い認知のゆがみ」の真の原因と向き合ったが故、今私は風船に生命を吹き込むことができると私は考えています。それに、

親の行き過ぎた躾などの、間違った子育てによって人生を棒に振る子どもを少しでも減らしていきたい

という想いも、今私が風船に込めている想いですし、

私が生命を吹き込んだ風船たちによって一人でも多くの人を幸せにしていける

という信念があります。それが今できていることは、すなわち「幸福感」であり、「自己肯定感」「達成感」を感じることができていることなのです。

だからこそ、「不幸=不運」ではないのです!

華開け!たくさんの笑顔

華開け!たくさんの笑顔

「達成感」「自己肯定感」というくす玉を花開かせよう!

こんにちは。

2018年7月、広島県呉市安浦町を集中豪雨が襲いました。町はいたるところが泥にまみれ、水道は出なくなり、子どもたちは遊び場を失いました。小学校、保育園、幼稚園すべてが休みになり、子どもたちは行き場を失ってしまったのです。花火大会などのイベントも「自粛」となり、つらい夏になってしまいました。

そこから届いた1通のメッセージ。「風船で子どもたちを笑顔にしてほしい」

私はあるだけの風船を集め、結婚式場で使ったスパークバルーンシャワーから舞い降りた風船たちもかき集め(このようなことをしたのは2011年の東日本大震災以来)、安浦へ向かいました。

保育園児を前に、避難場所になっていた高台のホテルの大広間でバルーンショーを行いました。園児の皆さんは感動されましたが、私は「まだまだもっと見せたいものがある」と思いました。そして安浦町全保育園・幼稚園に声をかけ、私ができる最高のバルーンショーを数か月以内にすることを決めました。

私と、私を呼んでくださった方の思いが通じ、その年の晩秋に実現することになりました。

会場に着くと、合計約500個の風船たちがお出迎え。子どもたちは風船の並木道を歩いて会場入りします。

ショーの始まりはたった50秒で作るプードルに始まり、たくさんの風船たちを一気にアーチにしてしまうライブバルーンアート制作もします。バルーンクラッカーも登場し、そこから飛び出した風船たちもバルーンアーチに入れてしまいます。

アーチが出来上がると、背後にある大きな風船をみんなで囲みます。そして…

 

合計約400個の風船が紙吹雪とともに舞い降りる、バルーンシャワー!

 

ここで子どもたちの感動と興奮は頂点に!

紙吹雪が舞う中、子どもたちは風船を拾い集めに近寄ります。

それだけではありません。

風船の並木として飾られていた風船たちが参加した全員に配られます。それを持って会場に隣接するグラウンドへ。※いくつか離して飛んでしまった風船もありました。そのため「2019 Balloons Make Everyone Happyプロジェクト」ではその分を引いて450個としてカウントしています。

 

 

もう何も申し上げません。

私ができることすべてをやり遂げた結果生み出された感動、そしてそこからもたらされたたくさんの笑顔と元気…

くす玉にあこがれ、くす玉の作り方から花開き方まで自分で学び、それを披露する場を自分で準備する、その姿が感動を生み出し、多くの人の心を動かす…

私こそ、関わったすべての人たちに感謝しています。

バルーンシャワーで生み出されたものは「ありがとう」のシャワーでした。

大きな大きな大きなくす玉がはじけ花開き、そこから舞い降り、舞い上がったのは無数の風船と紙吹雪、そして無数の笑顔と元気と「ありがとう」でした。

そういう自分になれたことに、「自己肯定感」と「達成感」という大きな大きな大きなくす玉が花開きました…たくさんの「おめでとう」に包まれて。

来年2019年の春、私はもっともっと大きなくす玉を花開かせます。

そこから得られた経験を多くの人に伝え、広げることで、一人でも多くの人のくす玉を見つけ出し、花開かせる手助けをすることに、残りの人生をささげたいと考えています。時に実際にくす玉を花開かせることもしつつ…

 

「おめでとう!」「ありがとう!」でいっぱいにしたい!

私は今、風船を通してたくさんの「ありがとう」をいただいて生きている。私が一つ一つの風船に生命を吹き込み、その風船たちによってあまたの人を幸せにすることができている。私が生命を吹き込んだ風船たちによって幸せな気持ちになった人たちから例外なく漏れる言葉…「ありがとう」

くす玉のひもを引っ張りながら「おめでとう!」と言い合える日々が今ある。そういう自分になれたことこそ「おめでとう!」ということが自分に対して言えるし、自分の信じた道が正しかったことに対しても「おめでとう!」といえる。

これから私は
「ありがとう!」
「おめでとう!」
をたくさん積み重ねられるような日々を過ごしていきたいし、そういう人たちどんどん増やしていきたい。そういう願いが私が生命を吹き込んだ風船たちには一つ一つに込められているのである。

おめでとう!

おめでとう!

自分に「おめでとう」

こんにちは。

先日、改めて自己分析をする機会がありました。すると、すごいことに気が付きました。

自分に対して「おめでとう」と言えるようになっていた

congratulations!

congratulations!

つい数年前まで「自己否定の塊」だった自分がこんなに変化しているとは、、、自己理解の力はすごい、と思いました。
風船によって「ありがとう」をたくさんいただいて生きている今の自分、、、自己理解の先にある姿はまさにそこであり、それによっていくつものくす玉🎊がはじけながら生きることができる、、
そんな自分に「おめでとう」と言えるまでになっていたのです。

思い返してみれば、旧Y’s Dream時代の10年間、

まだ誰も見たことのない感動を創り出したい

という想いで突っ走ってきました。

ところが、無理に無理を重ねた結果、2012年鬱の症状を発症してしまいました…

そこからもがき苦しんで、今に至るのです。

その時期私は、一度自分をむなしくしてすべてを捨て去り、まっさらな自分になろうと試みました。親がそれを望み、それにこたえようとした自分がかつていました。ところがそれはできませんでした。
だからこそいえるのです。
「くす玉を見つけ出すのも自分、花開かせるも自分、親はそれを可能か限り手助けし、見守るのが役目。親が開いてあげることと、親がそれを捨て去ること、これは絶対にしてはいけない」

これまでの日本の教育は、「桶の理論」が重視されてきました。
すべてが均等に整ったバランスのある人材が重視されていたような気がしますし、バランスの取れた人材になるような教育が行われてきたのが事実です。
しかし、バランスの取れた人材だけが重宝された時代は終わりを迎えつつあります。そういう時代だからこそ、自己理解は重要なのです。

この「自己理解シート」、実際にやってみて本当によくできている優れものだ、と改めて思いました。
確かに昔は「鉄道マニア」であり、観察力が優れていました。しかしそれを上回る能力が自分の中にありました。それ故にバルーンアーティストとして20年ものキャリアを積むことができたのでしょう。
感受性、創造力、想像力、アイデア力、発想力、企画力…
だからこそ、「誰も見たこともない感動の瞬間」を生み出すバルーンアーティストという職業を天職にすることができたのかもしれないし、「好きを仕事にする」ことができたのかもしれないし、くす玉のような存在になることができたのかもしれません。

この「自己理解シート」、本当に必要なのは夢を忘れた大人たちなのかもしれません。24歳で夢をあきらめているという現実…夢をあきらめる前に、この「自己理解シート」に真正面に向かい合って、「本当の自己理解」をしていただきたいと改めて思いました。

そして、改めて自分が築き上げたものがいかにすごいものだったのかを痛感したと同時に、

積み重ねた「ありがとう」がすごいことになっていた

ことを再認識したのです。

今、2019プロジェクトなどと称して

2019個の風船をリリースしよう

2019個の風船を降らせよう

とやってますが、これ、自分のためでもあるのです。自分だけで抱え込むのは面白くないので、

公開してみんなで感動を分け合おう

というのもあるのです。

積み重ねた「ありがとう」の数だけくす玉がはじける

のですから。

そういう自分に「おめでとう」といえるようになったことに、おめでとう!

くす玉のような存在であり続けたい…

くす玉のような存在であり続けたい…

Happy!Happy!Happy!

Happy!Happy!Happy!

今を一生懸命に生きる

こんばんは。

先日、このようなイベントの演出を手掛ける機会がありました。

Green Ribbon Fes Hiroshima 2018

 

この時、実はテレビカメラが回っていました。

イベントを立案・企画・主催した方を追跡取材していたのですが、その方は心臓移植待機者なのです。

人工心臓を埋め込み、移植までの日々をつないでいるのです。

万一、人工心臓が機械トラブルを起こすと、その方は生死をさまよう事態になるのです。実際に人工心臓のトラブルによる死亡事例もあります。

その方にとっては、「来年はないのかもしれない」のです。

だからこそ、テレビカメラに向かって話してくれた

今を一生懸命に生きる

という言葉が重みを感じずにいられないのです。

その思いに、私は通常のバルーンデコレーションのほかに

当初予算にないスパークバルーン演出を加えるなどして協賛し、

感動の瞬間を一つでも多く創り出す

という想いで協力しているのです。(上…2018年、下…2017年)

もう一つ付け加えると、今回のイベントを主催した方の友人に、頸椎損傷によって首から下が全く動かず、電動車いすで生活している方がいます。二人とも私の共通の知人なのですが、ともにいえるのは

今を一生懸命に生きている

ということです。電動車いすで生活してる方は、実は一時期私と一緒に仕事をしていた元同僚なのです。彼の生きる姿勢に私も共感しています。そして、この二人から私は多くのことを学んでいます。

かくいう私は、彼らのように身体的なハンデはないのですが、別の障がいを抱えています。その障がいゆえに、一度は風船に生命を吹き込むことができなくなったのです。その遠因は私の先祖代々、その育てられ方、さらには薩摩藩の風土までもが絡むもので、それ故に家族、とりわけ母親が苦しみ、その兄弟も苦しみ、すでに鬼籍に入った人のほうが多く、私はその末裔なのです。

風船が持つ人を幸せにしする力

風船が持つ人を幸せにしする力

しかしながら、それ故に私の風船に対する想いは人一倍強いものがあると自負しています。

とりわけ、もはや私の代名詞とまでになった

spark!spark!spark!

spark!spark!spark!

くす玉バルーン

一つ一つの風船に生命を吹き込むのみならず、一瞬一瞬にかける思い…

誰にも負けない、と自負しています。

達成感と自己肯定感…くす玉がはじけるとき

こんにちは。

2018年10月の第1週、今年最大の山場でした。

1年に一度クラスの大きなイベント装飾及び演出が立て続けに重なったのです。

とあるオープンスペースの周年イベント会場装飾。

1年に一度の大イベント。

この「1年に一度の大イベント」…2年前(2016年)

 想いがカタチになり、そしてはじける

エントランス

1年前(2017年)

さらにもう一つ。昨年の「とあるオープンスペース」の周年イベント。

 

「いつもとちょっと違うぞ」とお気づきでしょうか。

もしお気づきの方がいたら、その方はすごい。それこそバルーンクラッカーをプレゼントしたいくらいだ。

正解は…

「あれ」がない。

私のシンボルとも代名詞ともいうべき「あれ」がないのです。

今回、「あれ」に関して聴覚過敏の問題など、様々なご意見をいただき、「あれ」は抜きにしよう、ということにしたのです。

代わりに制作したのが

であり

でした。

しかし、必ずしも「あれ」は完全に消えたわけではありませんでした。形を変えて登場しました。

風船の中に風船を入れる「体験ワークショップ」として登場しました。

キーワードは

「できた!」という「達成感」。

風船の中に風船を入れる、というのは一般的に難しく感じられるようです。しかし、実際は思ったほど難しくないのです。実際に体験することによって、「できた!」という達成感とともに心の中でくす玉がはじける感動、それを味わってほしいのです。

私は1999年、「くす玉バルーン」なるものを世に送り出し、以来旧Y’s Dreamの代名詞としてあまたの感動を届けてきました。そして、このような動画を制作するまでになりました。

 

これは私が手掛けたバルーン演出を集めた動画です。2017年12月に制作したものですが、過去に同じような動画を制作したことがあり、この動画が再生回数が1万回を超えるまでになっています。

さらに、2年前(2016年)にはこのようなものも制作しました。

くまさんのげんきだま2016表紙

「くまさんのげんきだま」…私の生い立ち、バルーンアーティストになるまで、そして風船に対する想いを小学生低学年の子どもたちにもわかるように、かつ読み聞かせにも使えるように、ひらがなでわかりやすく述べた絵本仕立ての小冊子です。

今までできなかったことができるようになった時、あるいはある目標を達成した時、

やったー!

というものすごい自己肯定感と達成感を感じるでしょう。その時の気持ちは、さながら風船と紙吹雪が舞うかのような気持ちでしょう。その姿は、周りの人を感動させます。そういう時、素直に周りにいる人たちは祝福してほしいのです。

過去には「くす玉のひもを引っ張る気持ちよさ」という投稿をしたこともあります。

この達成感と自己肯定感を実際に「くす玉バルーン」を制作することによって実感し、明日、そして未来への生きる希望として結びつけるのが、このワークショップの狙いなのです。一昨年(2016年)のママフェスタで導入したところ大変好評で、以来バルーンショップAWESOME!のメインとなっています。

…考えてみれば、「達成感と自己肯定感」を実感することによって、生きる力を身に着けるのが放課後等児童デイサービスの使命です。その延長線上に

就労=働くこと=社会の一員として役に立つこと

があります。

私は一時期、自らをむなしくして両親に盲目的に従い、それこそロボットのように働くという生き方を模索したことがありました。徹底的に今までの自分を否定し、儒教の教えを鵜呑みにしようとしました。今でも「親の意向に忠実に従うのが親孝行であり、子どもの最大の義務は親孝行である」と信じて疑いません。そして、こうして風船を膨らませる、言い換えれば風船に生命を吹き込み、感動的な空間と瞬間を創り出し、いつまでも心に残る思い出を彩る、そしてその感動によって未来への生きる希望につなげる、という生き様をしていることに対して、両親には申し訳なく思っていますし、桜島を望む高台にある私の先祖の墓の前で毎年謝罪しています。

しかし、その生き様によって生み出された感動は

自分の人生そのもの

であり、その生き様がまさしく「くす玉のような存在」であり、多くの人に夢と希望と感動を与えているのも事実なのです。

制作中の一コマ

今回はバルーンドロップでした

最後に引用。この文章を見た時、一体いくつのくす玉が心の中ではじけたのでしょう。

あれ(=「くす玉バルーン」ないしは「スパークバルーン」)がなくても、それと同等の感動を生み出せた証です!

(ソウス…「夢FESTA2018 ~福祉とつながる僕らのイベント~ 登壇させて頂きました。{Full Of  Life}より」)

…そして、感動のフィナーレへ。
子供たちが一同にステージへ。
ステージも会場も一体となって
「世界に一つだけの花」を大合唱。
子供たちは手話の振り付けを、
体いっぱいに表現しながら歌います。
みんなの心が一つになったその瞬間、
なんと、会場にバルーンが降りました!
バルーンアーティストの梶川さん
仕掛け人です。

感動で、何も言えない私・・・(笑)

ただただ、「ありがとうございました。」
を繰り返したのでした。。。(笑)

家族が、
クラスが、
学校が、
地域が、
事業所が、
作業所が、
市が、
県が、
国が、
世界が、
・・・・・

色んな個性を認め合い、
尊重し合える、
そんな社会を作りたい!

本気でそう思えるイベントでした。

さぁ、本日からも頑張るぞ!
(‘◇’)ゞ