月別アーカイブ: 2018年1月

変わるもの、変わってはいけないもの

おはようございます。

久々の旅先からの投稿です。

今日は私の故郷である鹿児島県は、霧島市からお届けします。

この霧島市、バルーンアーティストである私にとって、重要な地なのです。

この地は旧ワイズドリームにとって、創業から廃業に至るまでの歴史が関わっています。本来の故郷である鹿児島市から程近いというのもあります。

2000年春、全国にバルーンアーティストやデコレーターは少なく、私は全国各地を飛び回っていました。その中でとある結婚式場から声がかかり、トータル演出を手掛けました。当時は今のように技術もアイデアも少なく、手探りの中でした。

その中でこの霧島市にあった結婚式場が声をかけてくださいました。

それから18年、時代は大きく動きました。

バルーン業界は変化を続け、様々な業態のショップが、全国至るところにでき、日本全国の至るところでバルーンが容易に手にはいる時代になりました。私も廃業を経験し、現在は福祉との融合という新たな分野を切り開いています。

しかし、変わらないものがあります。

それは

風船を愛する心

です。

これを忘れてはおしまいです。

これだけは生涯貫きたいです。

この18年という歳月の間に、どれだけの風船に生命を吹き込み、どれだけの感動を生み出せたか、、、そして、ややもすればただ生きる、生かされるだけの人生になっていたのが、風船のお陰でどれだけ充実したものになったか、、さらには、この先の人生に繋がる、生涯にわたる大きな財産を作り出せたか、、、

すべて風船に常に正面から向き合ったゆえに得られたものです。

だからこそ、大切にしていきたいです、これからも。

花開いたたくさんの笑顔の華たち

花開いたたくさんの笑顔の華たち

Balloons make Everyone Happy! 2016バージョン

Balloons make Everyone Happy! 2016バージョン

バルーンメイクエブリワンハッピー

初期のバルーングラフィック

 

 

 

 

 

平成が終わるまでにかなえたい夢

こんにちは。

平成はあと15か月強で終わりになります。

正月は家にこもって、「平成を振り返る」正月特番などを見て過ごしていました…

というわけで、平成元年へタイムスリップ。

この年、広島市中区、紙屋町・本通・八丁堀に囲まれた一帯にある「中の棚商店街」というところで、ある祭りが開催されていました…その名も

ふうせんまつり

いたるところに風船が飾られ、カラフルに彩られていました。

このイベント、翌年平成2年も開催されました。このとき、私はアルバイトを兼ねて、このイベントの手伝いをしていました。同時開催の「GOGOひろしま春祭り」のパレードの準備を手伝った記憶もあります。

その直後、私は大学進学のため広島を離れました。このころ私は19歳。

進学先は福岡。その後、島根の会社に就職→バルーンアーティストとして独立起業するために退職→各地を転々とする(大分、横浜、鳥取など)→一時広島へ帰る→定住先を模索…当時若い芸術家を積極的に受け入れていた大朝町に移住(2002年春)…という推移をたどり、広島・山陰・四国(特に愛媛)を中心に全国各地で活動していました。東京・関西(大阪・神戸)・九州(久留米・熊本・大分など)などでも活動しており、頻繁に出張していました。

今、私は広島に戻っています。2001年ごろ一時的に広島に帰り、その翌年に大朝へ移住しましたが、大朝はすぐ近くに高速道路のジャンクションがあり、西日本各地及び首都圏へのアクセスが良かった場所でもありました。そこに10年近く居住していましたが、諸事情により2012年新春に広島へ帰ることになり、そこで半年もたたないうちに鬱になりました。

大朝は広島まで1時間かからない場所(高屋などと変わらない)だったため、次第に広島での仕事の比率が上がっていったこともあります。その上、2011年大朝は1963年の三八豪雪以来の豪雪災害にあい、そこへ東日本大震災、さらに家の事情と重なり、広島へ帰ることにしたのですが…

私は鬱になったのち、引退を決断、風船と縁を切るつもりでした。ところが2014年から活動を少しずつ再開していたところ、あるご縁に恵まれ、2016年に屋号を変更してバルーンアーティストとしての活動を正式に再開しました。

その中で天皇陛下のご退位の意向が示され、平成が正式に終わり、新元号に引き継がれることが決定され、一つの時代に幕が下ろされることになりました。

振り返れば、バルーンの技術は平成元年や2年ごろとは比較にならないほど進化しました。平成2年には、東京に2軒しかなかったバルーンショップが、平成5年(1993年)には大阪にでき、時を同じくして名古屋にもでき、その後1995年にはエミリーズバルーンアートビジネススクールもでき…今では日本中どこにいても、ごく一部を除き、バルーンが容易に手に入る時代になりました。

バルーンアートの技術もどんどん進化しました。

私は紆余曲折がありましたが、2002年ごろから2010年ごろまでバルーンアート界をリードする存在になっていました。というか、気が付いたらそうなっていたのです。

しかし、2011年の東日本大震災から少しずつバルーン業界の流れが変わり、そこへ鬱を発症、私は新しいことを学ぶ気力を失い、さらに折からのヘリウムガス流通危機が払底にまで悪化(このころ東京ディズニーリゾートではバルーン販売を1年以上にわたって中止していた)、「引退やむなし」と決断し、バルーン業界から離れました。

その後バルーン業界は変化を続け、多様化しました。

今では様々なシーンでバルーンが活用されています。

一方で私は、「本当に風船で表現できるものは何だろうか…」と考えるようになりました。風船には、それ自身の持つやさしさ、美しさ、華やかさといったもののほかに、元気、希望、夢といったものがつまっています。そしてそれらが感動を生みだすのです。

さらに、私は最近、すごく気になる傾向を感じています。それは

風船=割れる=怖い

という考えの人が子ども大人を問わず増えているということです。

この「風船恐怖症」、100人中99人は単なるトラウマで、生活に支障となったりパニックを起こすほどではないもので、やがて克服されるものらしいです。ところが、最近になってPTSDを引き起こしたり、聴力を失うケースが報告されるなど、非常にまれながら医学・生理学的に危機的な状況が起きているそうなのです。加えて調べてみると、一種の脳生理学的問題で、極めてごくまれに風船を受け付けない一種のアレルギーに似たケースがあるらしいです。発達障がいの方で、子ども大人問わずそういうケースがある、という報告もあります。

似たようなケースで、犬恐怖症というものがあり、こちらは1000人中1人の割合でPTSDレベルになるケースがあるそうです。こちらも同じように発達障害が絡んでいるケースが多く、事実私はそうです。犬嫌いについて詳しいソウス

かくいう私も、小さいときは風船恐怖症でした。ところがふとしたきっかけで反転し、今では風船の割れる音は完全に慣れるどころか、風船に完全になじみ、その風船で多くの人に夢と感動と希望を与え、幸せと美しさと華やかさと楽しさを伝える側になっています。

一方、風船が一部で「セレブグッズ化」している傾向もみられます。昨年2017年の流行語は「インスタ映え」でしたが、風船はインスタ映えするトップクラスのアイテムです。しかし、風船が「特別なもの」になり、身近に感じることができなくなりつつあるような気がしています。

そこで、私は考えました。

ふうせんまつりを平成が終わるまでにする

場所…広島市内のレンタルスペースもしくはギャラリー

内容…以下のものを考えています。

1:エントランスのバルーン装飾

2:風船のキャノピー+会場全体の装飾

3:風船の壁画

4:風船プール

5:フォトバック(風船のスカートと帽子も用意、子どもさんは試着できる)

6:バルーンドレス展示(できれば試着も)

7:夢を書き込んだ風船で壁画制作

8:バルーン体験教室&「ふうせんへのおもい」講演会

9:バルーングラフィック展示(もちろん展示スペースは床と天井にバルーンをふんだんに飾る)

10:会場全体を包み込むバルーンシャワー(スパークバルーンを多用、合計1000個程度降らせたい、もちろん紙吹雪入り)

この10種類を一度に開催します。

期間…平成31年(2019年)3月下旬or4月下旬(3月30・31の両日もしくは4月27~30のうち連続する2日)直前2日間は制作現場をライブ公開します。

出来れば、クラフト・ハンドメイド作品及びパン・クッキーなど手作り各種菓子類などの販売、さらに子ども向けミニコンサートも行いたいです。

予算としては材料費だけでおおむね10万以内(原価ベース)を考えています。

以上が私が考えている「ふうせんまつり」です。

これからまる1年かけて準備をし、来年2019年の1月には具体的に動き出したいと思います。

Happy!Happy!Happy!

Happy!Happy!Happy!

Happy!Happy!Happy!

Happy!Happy!Happy!

私は、風船が持つ美しさ、楽しさ、華やかさといったものにひかれ、そしてくす玉がはじけ、無数の風船と紙吹雪が舞う瞬間にあこがれ、バルーンの世界に入りました。そして創り上げた感動は数知れず、一度引退してもなお求められ、その結果再び風船に生命を吹き込み続けることができているのです。

その風船があったからこそ、今こうして私は生きていられるのです。

この「ふうせんまつり」は、その風船たちに感謝の気持ちを込めて、実現させたいと考えています。なぜなら、

風船のおかげで私は自分の人生を歩むことができたから

です。

 

お金の使い方…

2018年が幕を開けました。

今年もよろしくお願いします。

旧Y’s Dream時代は、1999年→2000年のミレニアムに始まり、廃業する2013年まで、常に日本のどこかで私が生命を吹き込んだ風船たちが、新しい1年を迎えるために舞い降りたり、はじけたりしていました。

2004→2005、スキー場で迎えたカウントダウン。

2010年→2011年、大阪の某クラブで行われたカウントダウン。

私が制作し宅配した、スパークバルーンが新年とともにはじけました。

※今はこのタイプのスパークバルーンを制作して送ろうとすると、宅急便サイズの規定を超えるため、送料が高くついてしまいます。

昔話はこのくらいにとどめて、本題。

新年に入ってから、私はいろいろな金の使い方をしました。

船でしか行けない離島にわたり、人口より猫の方が多い島で、1500円の魚定食を食べたり、(魚定食¥1500+船賃¥1850+青春18きっぷ1日分¥2500)

世界で活躍する音楽家たちが広島に集まって開催されるクラシックコンサートで風船と紙吹雪のシャワーを浴びたり、(コンサートチケット¥2000)

くす玉がはじけるようなイメージの香りを作りたくなってルームフレグランスを2本も買ったり、(ルームフレグランス2本¥3880)

という具合です。

このうち、魚定食と船旅はともかくとして、残りの二つについて思うところがあります。

まず、クラシックコンサート。

このクラシックコンサート、宣伝チラシに「500個の風船と金銀の紙吹雪が舞う」というくだりがありました。「どんなものなのか」とても気になっていましたが、クラシックコンサートの敷居は高く、なかなかいけません。しかし、前売り券がセブンイレブンで¥2000で買えるというのを見て、私は前日(すなわち島に渡った日)に船着き場のほど近くにあるセブンイレブンで購入しました。

そして、今日行ってみたのですが…

なんとコンサートマスターが「上に風船の仕掛けがある」ようなことをコンサートの途中でばらしてしまったのです。

いったいどこに仕掛けがあるのだろうか、と思っていたら、あっさり種ばらししていました。

それはさておき、私はいつもと反対の立場、すなわちお金を払っているお客さんとしてバルーンシャワーを体験することになりました。

通常はスパークバルーンの仕掛けを操作する側として、感動の瞬間を創り上げます。

先日アップした、私が手掛けたスパークバルーンがはじける瞬間ばかりの動画ですが、この動画にある作品、というか感動の瞬間を実際に創り上げるときは、いつも心臓がどきどきものです。

そして、成功した瞬間、その場に居合わせた人たちから地響きのような歓声が沸きあがります。

このとき、私は「たとえようもない、天にも舞い上がるような達成感」を味わいます。

この動画は40回、その瞬間だけを集めたものですが、40回すべての瞬間でそれを味わいました。こうして記録に残して、改めて見返してみてもその時の記憶がよみがえりますし、自分自身「すごいことをやっている」という気持ちになります。元気がないときもこれを見て自分自身を奮い立たせています。

ところが、その瞬間、自分自身は風船シャワーも紙吹雪も浴びていません。仮に真下にいた場合は、すぐにはけます。

この動画に限らず、私が演出を手掛ける際は、私は真下にはいないのが基本です。プロとしてやってきて、自分の手掛けた作品で真下で浴びることは基本ありません。

今日は反対に、はけるどころか近寄って紙吹雪のシャワーを浴びました。JBAN Conventionのファイナルパーティー等で紙吹雪と風船まみれになったことは何度もありますが、やはり気持ちいいです…

先日自分たちで手掛けたバルーンシャワーもそうでしたが、客観的に見て体験する機会もやはり必要だと感じました。

そして、今回一番高い買い物になったルームフレグランスについてです。

商品の詳細はこちらをご覧ください

今回私は、「Amber Flower」と「Green Citrus」を入手したのですが、「Amber Flower」にはふわりとした風船の華やかさに通じるものがあり、「Green Citrus」にはくす玉のようにはじける勢いを感じました。

最初この二つを混ぜてみようと思いましたが、混ぜるよりそれぞれ別々に香らせて、その香りの配合で表現した方がいい感じになりました。

で、なぜこれを買おうか、という気になったのかですが、かつて旧Y’s Dreamには、「造花の花びら入りくす玉バルーン」という商品がありました。これは造花の花びらにアロマオイルをしみこませ、それを乾燥させた後に風船とともにスパークバルーンのなかに入れて、はじけると同時に香りが広がる、というものでした。

その際、いろいろなフレグランスを試してみたのですが、なかなか理想の香りにめぐりあえませんでした。

ところが、この二つの香りをかいだとき、私の中で何かがはじけたような気がしたのです。

「これが私の探し求めていた香りだ…」

これを見つけたのは地元にある小さな雑貨屋さん。

この雑貨屋さんの店長さんと私が非常に仲が良いのです。

これに出会ったのが昨年(2017年)のクリスマスのころ。正月は両親とともに家にこもるつもりだったので、正月明けに購入することにしました。

そして、正月明け最初にこの雑貨屋さんでこの2つを買い求めた時、その店長さんが思わず

「やったー!」

とつぶやきました。

この店長さん、私のバルーン演出にあこがれ、私が出している小冊子「くまさんのげんきだま」に元気をもらい、そして私が制作したバルーングラフィック作品集「ふうせんでつたえたいおもい」に感動されています。

私がこれを購入したことで、この店長さんのくす玉がはじけたのでしょう。その時の最高の笑顔はとても印象的でした。店長さんの想いが私に通じたことが、「やったー!」というつぶやきにつながり、そして店長さんの心の中でくす玉がはじけたに違いありません。

私はこの香りによって、自分の中で常にくす玉を持ち続けることができ、ある時は慰められ、ある時は元気づけられるような気がします。

すでにこの文章を打ち込んでいる傍らで、その香りがほのかに漂っています。

私はこれから、多くの人にくす玉の種をまき、それを花開かせる手助けをしていきます。同時に求められれば、自ら感動の瞬間を創りだします。これまで無数の風船に生命を吹き込み、無数のくす玉を創り、花開かせ、はじけさせ、感動の瞬間を生み出した私。その経験を生かし、伝え、多くの人に夢と感動と希望と元気を与えるべく、日々生きていくために、この理想としていた香りに出会えたことは大きな力になります。

私は旧Y’s Dream時代から一貫して、風船を売る際、「ただ風船を売る」のではなく、その向こうにある笑顔を創るという気持ちで制作し、販売してきました。この雑貨屋さんの店長も、ただ香水を売るのではなく、その向こうにある感動を生みだす力となったことに対して、心の中のくす玉がはじけ、「やったー!」という言葉が出たのでしょう。

売り手のくす玉をはじけさせる手助けをしたことによって、買い手のくす玉がはじけた…

この上ない幸せな買い物になりました。

くす玉のような存在であり続けたい…

くす玉のような存在であり続けたい…

話を元に戻すと、

感動を得るには少なくてもお金は必要

しかし、そのお金は大金である必要はない。

ということになり、これが今回の結論です。

旧Y’s Dream時代、私はキャバクラや高級クラブにも出入りしていた時期があります。当然お金がかかります。1回あたり高いと2万近い出費です。当然儲かっていた時期でないとこのようなことができませんが、儲かっていた時期=ストレスが強くかかっていた時期で、今振り返ると金銭の出入りが非常に激しい時期でした。何しろ最盛期の売り上げは…消費税を払う必要があるほどだったでしたから。さらに私が出入りしてたキャバクラなどからも仕事をいただいていましたが、夜間の仕事も多く、激務に拍車をかけていました。

その後鬱で倒れ、金銭面的に一気に苦しくなりました。一時期はお金を使うことに罪悪感さえ覚える時期もありました。さらに…

私の両親及び親族、とりわけ母親の一族は「お金を貯める」ことに執念深かったような印象がします。ですから無駄遣いどころか、必要な出費まで惜しむ傾向がありました。さらに「借金=悪」という考えが一貫していましたので、バルーン業界をカルト宗教呼ばわりしたりすることができたのでしょう。結果どうなったか…ストレスばかり溜まって胃潰瘍を起こし、それが引き金で孤独死したりするのです。

 

今回かかった総額は1万円余り。

新幹線だと、広島駅基準で東京へも鹿児島へも片道早期購入割引運賃に満たない金額です。「こだま」割引切符利用で大阪へやっと往復できる金額です。

1万円だけで、普段行くことのできない離島で新鮮な魚をたらふく召し上がれ、絶景に接し、好きなだけ猫と戯れることができる非日常体験ができ、自分の気持ちを高ぶらせ、華やかな気持ちにさせてくれるすーむフレグランスセットを購入でき、加えて世界で活躍する本格的なクラシックオーケストラコンサートが風船と紙吹雪のシャワー付きで楽しめたのです。非日常体験3つを楽しんで1万円強…改めて

感動を得るには少なくてもお金は必要

しかし、そのお金は大金である必要はない。

ということです。