月別アーカイブ: 2016年6月

職業、バルーンアーティスト。って胸を張って言える社会にするために…

おはようございます。

 

先日、ある高校生の方が問題提起をしてくださいました。

私も一連の議論に参加したのですが、最大の問題点は

バルーンアーティストという職業はすでに確立しているのに、その社会的認知度がきわめて低いところにある

と考えています。

 

ところで、今年の3月、すなわち熊本・大分両県が震災に見舞われる前に、私は由布院・阿蘇・久住を訪れていたのだが、その際に「ななつ星」に出会った。70万もするJR九州のあのクルーズトレインである。

クルーズトレインはJR東日本もJR西日本も準備中だそうだが、クルーズ船という概念が日本に入って30年近くたつそうである。鉄道ジャーナル2016年7月号によると、クルーズ船で旅行する市場人口は30年ほどの間にあまり増えていない、つまり市場が思ったより広がっていないという。結局クルーズ船やクルーズトレインは「ニッチ市場」の域を出ない、と論じられていた。

バルーンの市場も同じだと思う。インターネット通販でバルーンギフトは手軽に買うことができるようになり、バルーンショップは昭和の時代は東京、それも渋谷と麻布にしかなかったのが、今では日本の主な都市にはどこにもバルーンショップが存在するようになった。複数のバルーンショップが半径10キロ圏内にあるケースもある。しかし…

どこで風船を買えるのかわからない

という声がいまだに存在するのも事実である。そしてバルーンを買う顧客が予想以上に増えていない、と思う。

厳しいことを言うようだが、

バルーンアートはまだまだニッチ市場の域を出ていない

と私は考えている。

 

現実の声として、将来バルーンアーティストをめざしているとある高校生の意見をフェイスブックから引用する。

高校卒業したら就職しないといけないから職場をよく見ておけって先生が言って、私が「進学者は?」と聞いたら「大学卒業後どんな就職に就きたいか考えておけばいい」と。
「私バルーンアートやるんですけどー」って言ったら「そっか!君はバルーンアートやっていたよね!じゃあ将来はプロの道に進んで、もしかすると有名になったりするのかな!?」→「いやいや有名にはww」

そしたら友達が
「まずバルーンを職業にしている人がいるかどうかだよね。」って。

まだまだバルーンって本当に知られていない。
私は同級生に「それが職業になるかどうか」
「無料で配っているんだから全部無料でやっている」「職業にしている人がいない」って言われてきました。

大人になってもっと素晴らしい作品を作って皆さんに見てもらえるようになろう。

 

 

エミリーズバルーンアートビジネススクールの第1回が開催されたのが1995年。

それまでにもわずかながら様々なバルーンアート作品が存在した。

この高校生は、私が制作した作品の作品集をじっくりと隅から隅までご覧いただいた。

その中には1997年や1998年の作品も含まれていた。

「私が生まれる前からこのような作品を作り続けてきたのか…凄い」と一言。

私はとてもうれしかった。

 

にもかかわらず、バルーンが「ニッチ産業」の域を出ていないという現実。

バルーン人口は確かに増えたが、市場はそこまで大きくなっていないという現実。

 

私は再就職活動に取り組んだ際、とあるエージェントの人にこう言われた。

「そのキャリア、ホストを20年近く続けたのと大した違いはない」

とてもショックだった…というか、私にとってこの言葉は重石になってしまい、一時はキャリア白紙化も考えるほどだった。結局今の会社が旧Y’s Dreamを引き取る形で私はその会社に就職し、こうしてバルーンアーティストであることを再び始めた。しかも、障がいのある人たちにバルーンを通して自信を身に着け、社会参加のきっかけをつかむという新たな使命を担ってである。

 

今、その思いを現実の形にするために、会社の中で準備を進めている。

バルーンの市場を拡大することもその中で重要になっている。潜在需要の掘り起こし…

私がこれまでの推移の中で実感してきたのは

バルーン人口の増加に市場の拡大が追い付いていない

という問題。バルーンが「ニッチ市場」のままであっては、

供給過剰

といわざるを得ない。だから私は撤退という選択を一度した。それでも私は結局バルーン業界に戻ってきた。本当に風船が好きだからである。

 

この度、この高校生が問題提起をしてくださったこと、大変意義深いと私は思う。

「職業、バルーンアーティスト」と胸を張って主張できる人がこれまでより多くなっていくことがニッチ市場からの脱却につながるのではないか、と私は思っている。

ツイスターズ2016…とてもうれしかったこと

こんにちは。

珍しい金曜休みです。

業務関連とツイスターズの影響が重なり、結果今日休みです。

やっと名刺の整理ができました。

 

ツイスターズからもう1週間近くがたつのですね。

次はJBAN Conventionです。今年は20周年のメモリアルイヤー。何としても行きたいです。というか申し込みをすでにしました。来週給料が入るので、そこで入金します。ホテルも予約済みです。もちろん予算も確保しています。というかギリギリなんですが…

 

そのツイスターズでとてもうれしかった出来事。

とある女子高生がツイスターズに参加していました。その女子高生に私の作品集(2013年までの、あの旧Y’s Dreamの完全版)を見せると、時間をかけて食い入るように見ていました。そしてこう言ってくださったのです。

 

私が生まれる前から作品を作り続けていて、一度やめたのにこうして今も続けているということ、とても素晴らしい。私もこういう風な人を感動させる作品を創ることのできるようなバルーンアーティストになりたい

 

…また一つ、心の中でくす玉がはじけました…

 

他にも数名、私の作品集を食い入るように見る人がいました。

 

…私がやってきたことは間違ってなかったのです…道なき道を切り開いたこと…

 

そして、一度辞めてもなお再び風船に携わることができるという今の幸せ・・・

 

私は自閉症スペクトラムという生まれながらの障害に苦しんでいます。

※一般的には「アスペルガー症候群」に該当し、実際2012年に出た診断は「アスペルガー」だったが、2013年のDSM-5(米精神医学会の診断の手引-第5版)基準でこの呼称は廃止されているので、私はこの表記を使用していません。

表面上は分からないのですが、実際はこれまで述べてきたとおりです。

誤った理解をするなど、対処法を間違えると大変なことになる場合が多いです。とりわけ親が対処法を間違えると、自殺などの悲劇や、最悪の場合無差別殺人といった大惨劇につながりかねません。

ところがこういう障がいを抱えている人は、えてして何らかの才能を発揮できることが大いにあるのです。そして集中力がすごいです。だからこそあれだけの作品を創り上げることができたのですが…

 

あの作品集を作って3年が経過しようとしています。

本当なら私は3年前にバルーン業界から姿を消してしかるべきでしたし、私もそのつもりで転職活動に取り組んでいました。しかし…

 

私は形を変えてバルーンに再び携わることになり、私が16年にわたって築き上げたものは再び生きようとしている…

 

いかに私が築き上げたものが大きかったのか、ということを痛感しましたし、それが次の世代につながるということの素晴らしさも体感しました。

 

今、私は同じような障がい、あるいは自閉症が背後にあるとみられるニート、ひきこもりの人たちにバルーンを通して社会参加のきっかけをつかみ、就労につなげるという取り組みを会社という枠に所属する形で進めています。すでに受け皿となるバルーンショップは形になりつつあり、風船を買いに私が今働いている職場に来る人も現れ始めています。本年度の経営計画にも入っています。

 

そのような中で、過去の私の作品集が次世代のバルーンアーティスト育成に役に立つ…

これほどうれしいことはありません!

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