あの世に…

風船はない。

とあるブログを引用する。

私が通っていた看護学校は、がんセンターの附属で、実習先も大半が癌病棟でした。

その中には、当然、小児病棟もあって、余命半年とか一年の、白血病の赤ちゃんや、悪性腫瘍の幼児、入退院を繰り返す悪性貧血の小学生などがたくさん入院していました。

私たち看護学生は、一年生の時に、勉強を兼ねて、小児病棟の子供達の為にクリスマス会を催すことが義務づけられていたのですが、何代も前の先輩の時に、こんな事があったそうです。

サンタクロースに扮した学生が、会の終わりに、子供達に向かって、

「来年、また会おうね!!」

と言った時、1人のお母さんが、突然「ううっ」と嗚咽をもらされたのです。

「この子に、『来年』という時があるのかと思うと……」

あとは言葉にならなかったそうです。

以来、クリスマス会では、「来年」とか「次の」という言葉が禁句になり、子供とお母さんにとっては、これが『最後のクリスマス』なのだということを肝に銘じて臨むようになりました。

「来年」なんて、私たち健常者には当たり前だけど、そうじゃない人もいるんですよね。

引用ここまで

いつのことだったか、風船がいっぱいの祭壇の写真をネット上で見かけたことである。

決して結婚披露宴の高砂でもないし、芸能人の葬式でもない。

子供さんの葬式であった。

私は言葉を失った。

当店のホームページには、「火葬場での施工は一切お断り」という文言が含まれていた。

実をいうと、10年以上前のことになるが、「葬儀で風船を使いたい」という問い合わせが実際にあった。当時はネットで公開しているところも非常に少なかった。その中で「火葬場の窯の前にバルーンアーチを…」という声が涙ながらに聞こえた。

私は遠方からの問い合わせということを理由に丁重に断ったのだが、想像しただけで気分が悪くなってしまった。火葬場というところは私たちが本来つくりあげる空間とは対極に位置する、厳粛かつ神聖な場で、安易な写真や映像撮影は基本的に許されていない。言い換えればあの世への入り口なわけで、そのような場所には…である。

常にいつあの世へ引き込まれるか、あの分厚く冷たい扉の向こうへ吸い込まれるかわからない子供たちとその親にとって、この世で見るもの触るものはとても貴重なのです。

そして、これだけは申し添えておきます。

亡くなられた子供さん自身は、箱の中に入った自らの天使の姿も、風船がいっぱいの祭壇も自ら見て触って触れることはできません。

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