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ふうせんへの思い…伝えたかったこと

こんにちは。

このたびサイトを再編・リニューアルし、このブログは風船に対する思いをテーマにしたブログに生まれ変わりました。

作品集表紙Y’s Dream作品集

balloonsmakeeveryonehappylogo_edited-2新しいY’s Dreamのページ

KIMG0146v最新のY’s Dreamの作品集

くまさんのげんきだま2016表紙くまさんのげんきだま(発達障がいのお子様及びその親へのメッセージ)

ここでは2010年8月から現在進行形で風船を通して私が伝えたかった思いといったものをまとめております。プロのバルーンアーティストとして活動してきた軌跡から、将来を担う若者たちに伝えたいメッセージをお届けします。

このサイトは次のような方にぜひ読んでいただきたいです。

バルーンアーティスト・バルーンデコレーターを目指したい人

人々に夢を与え、感動させる仕事に就きたい若者

将来何をしていいのかわからずに迷っている若者

私は自閉症スペクトラムに属する発達障害を抱えています。そのためストレス耐性が非常に弱く、その結果うつを発症して休業に追い込まれ、最終的に一度は引退に至りました。今は別の仕事をしながら、形を変えてバルーンアートに取り組んでおります。

私は2013年8月にこれまで13年以上にわたってプロとしてバルーンアートの活動を一度終了しました。

2014年より少しずつ再開し、2016年1月より新屋号「AWESOME!」として、新たな活動を開始していますが、プロとしての活動すなわちバルーンアートで営利を追求する活動はかつてのY’s Dreamより規模を縮小しており、無理のない範囲で行っております。

「達成感」「自己肯定感」というくす玉を花開かせよう!

こんにちは。

2018年7月、広島県呉市安浦町を集中豪雨が襲いました。町はいたるところが泥にまみれ、水道は出なくなり、子どもたちは遊び場を失いました。小学校、保育園、幼稚園すべてが休みになり、子どもたちは行き場を失ってしまったのです。花火大会などのイベントも「自粛」となり、つらい夏になってしまいました。

そこから届いた1通のメッセージ。「風船で子どもたちを笑顔にしてほしい」

私はあるだけの風船を集め、結婚式場で使ったスパークバルーンシャワーから舞い降りた風船たちもかき集め(このようなことをしたのは2011年の東日本大震災以来)、安浦へ向かいました。

保育園児を前に、避難場所になっていた高台のホテルの大広間でバルーンショーを行いました。園児の皆さんは感動されましたが、私は「まだまだもっと見せたいものがある」と思いました。そして安浦町全保育園・幼稚園に声をかけ、私ができる最高のバルーンショーを数か月以内にすることを決めました。

私と、私を呼んでくださった方の思いが通じ、その年の晩秋に実現することになりました。

会場に着くと、合計約500個の風船たちがお出迎え。子どもたちは風船の並木道を歩いて会場入りします。

ショーの始まりはたった50秒で作るプードルに始まり、たくさんの風船たちを一気にアーチにしてしまうライブバルーンアート制作もします。バルーンクラッカーも登場し、そこから飛び出した風船たちもバルーンアーチに入れてしまいます。

アーチが出来上がると、背後にある大きな風船をみんなで囲みます。そして…

 

合計約400個の風船が紙吹雪とともに舞い降りる、バルーンシャワー!

 

ここで子どもたちの感動と興奮は頂点に!

紙吹雪が舞う中、子どもたちは風船を拾い集めに近寄ります。

それだけではありません。

風船の並木として飾られていた風船たちが参加した全員に配られます。それを持って会場に隣接するグラウンドへ。※いくつか離して飛んでしまった風船もありました。そのため「2019 Balloons Make Everyone Happyプロジェクト」ではその分を引いて450個としてカウントしています。

 

 

もう何も申し上げません。

私ができることすべてをやり遂げた結果生み出された感動、そしてそこからもたらされたたくさんの笑顔と元気…

くす玉にあこがれ、くす玉の作り方から花開き方まで自分で学び、それを披露する場を自分で準備する、その姿が感動を生み出し、多くの人の心を動かす…

私こそ、関わったすべての人たちに感謝しています。

バルーンシャワーで生み出されたものは「ありがとう」のシャワーでした。

大きな大きな大きなくす玉がはじけ花開き、そこから舞い降り、舞い上がったのは無数の風船と紙吹雪、そして無数の笑顔と元気と「ありがとう」でした。

そういう自分になれたことに、「自己肯定感」と「達成感」という大きな大きな大きなくす玉が花開きました…たくさんの「おめでとう」に包まれて。

来年2019年の春、私はもっともっと大きなくす玉を花開かせます。

そこから得られた経験を多くの人に伝え、広げることで、一人でも多くの人のくす玉を見つけ出し、花開かせる手助けをすることに、残りの人生をささげたいと考えています。時に実際にくす玉を花開かせることもしつつ…

 

「おめでとう!」「ありがとう!」でいっぱいにしたい!

私は今、風船を通してたくさんの「ありがとう」をいただいて生きている。私が一つ一つの風船に生命を吹き込み、その風船たちによってあまたの人を幸せにすることができている。私が生命を吹き込んだ風船たちによって幸せな気持ちになった人たちから例外なく漏れる言葉…「ありがとう」

くす玉のひもを引っ張りながら「おめでとう!」と言い合える日々が今ある。そういう自分になれたことこそ「おめでとう!」ということが自分に対して言えるし、自分の信じた道が正しかったことに対しても「おめでとう!」といえる。

これから私は
「ありがとう!」
「おめでとう!」
をたくさん積み重ねられるような日々を過ごしていきたいし、そういう人たちどんどん増やしていきたい。そういう願いが私が生命を吹き込んだ風船たちには一つ一つに込められているのである。

おめでとう!

おめでとう!

自分に「おめでとう」

こんにちは。

先日、改めて自己分析をする機会がありました。すると、すごいことに気が付きました。

自分に対して「おめでとう」と言えるようになっていた

congratulations!

congratulations!

つい数年前まで「自己否定の塊」だった自分がこんなに変化しているとは、、、自己理解の力はすごい、と思いました。
風船によって「ありがとう」をたくさんいただいて生きている今の自分、、、自己理解の先にある姿はまさにそこであり、それによっていくつものくす玉🎊がはじけながら生きることができる、、
そんな自分に「おめでとう」と言えるまでになっていたのです。

思い返してみれば、旧Y’s Dream時代の10年間、

まだ誰も見たことのない感動を創り出したい

という想いで突っ走ってきました。

ところが、無理に無理を重ねた結果、2012年鬱の症状を発症してしまいました…

そこからもがき苦しんで、今に至るのです。

その時期私は、一度自分をむなしくしてすべてを捨て去り、まっさらな自分になろうと試みました。親がそれを望み、それにこたえようとした自分がかつていました。ところがそれはできませんでした。
だからこそいえるのです。
「くす玉を見つけ出すのも自分、花開かせるも自分、親はそれを可能か限り手助けし、見守るのが役目。親が開いてあげることと、親がそれを捨て去ること、これは絶対にしてはいけない」

これまでの日本の教育は、「桶の理論」が重視されてきました。
すべてが均等に整ったバランスのある人材が重視されていたような気がしますし、バランスの取れた人材になるような教育が行われてきたのが事実です。
しかし、バランスの取れた人材だけが重宝された時代は終わりを迎えつつあります。そういう時代だからこそ、自己理解は重要なのです。

この「自己理解シート」、実際にやってみて本当によくできている優れものだ、と改めて思いました。
確かに昔は「鉄道マニア」であり、観察力が優れていました。しかしそれを上回る能力が自分の中にありました。それ故にバルーンアーティストとして20年ものキャリアを積むことができたのでしょう。
感受性、創造力、想像力、アイデア力、発想力、企画力…
だからこそ、「誰も見たこともない感動の瞬間」を生み出すバルーンアーティストという職業を天職にすることができたのかもしれないし、「好きを仕事にする」ことができたのかもしれないし、くす玉のような存在になることができたのかもしれません。

この「自己理解シート」、本当に必要なのは夢を忘れた大人たちなのかもしれません。24歳で夢をあきらめているという現実…夢をあきらめる前に、この「自己理解シート」に真正面に向かい合って、「本当の自己理解」をしていただきたいと改めて思いました。

そして、改めて自分が築き上げたものがいかにすごいものだったのかを痛感したと同時に、

積み重ねた「ありがとう」がすごいことになっていた

ことを再認識したのです。

今、2019プロジェクトなどと称して

2019個の風船をリリースしよう

2019個の風船を降らせよう

とやってますが、これ、自分のためでもあるのです。自分だけで抱え込むのは面白くないので、

公開してみんなで感動を分け合おう

というのもあるのです。

積み重ねた「ありがとう」の数だけくす玉がはじける

のですから。

そういう自分に「おめでとう」といえるようになったことに、おめでとう!

くす玉のような存在であり続けたい…

くす玉のような存在であり続けたい…

Happy!Happy!Happy!

Happy!Happy!Happy!

今を一生懸命に生きる

こんばんは。

先日、このようなイベントの演出を手掛ける機会がありました。

Green Ribbon Fes Hiroshima 2018

 

この時、実はテレビカメラが回っていました。

イベントを立案・企画・主催した方を追跡取材していたのですが、その方は心臓移植待機者なのです。

人工心臓を埋め込み、移植までの日々をつないでいるのです。

万一、人工心臓が機械トラブルを起こすと、その方は生死をさまよう事態になるのです。実際に人工心臓のトラブルによる死亡事例もあります。

その方にとっては、「来年はないのかもしれない」のです。

だからこそ、テレビカメラに向かって話してくれた

今を一生懸命に生きる

という言葉が重みを感じずにいられないのです。

その思いに、私は通常のバルーンデコレーションのほかに

当初予算にないスパークバルーン演出を加えるなどして協賛し、

感動の瞬間を一つでも多く創り出す

という想いで協力しているのです。(上…2018年、下…2017年)

もう一つ付け加えると、今回のイベントを主催した方の友人に、頸椎損傷によって首から下が全く動かず、電動車いすで生活している方がいます。二人とも私の共通の知人なのですが、ともにいえるのは

今を一生懸命に生きている

ということです。電動車いすで生活してる方は、実は一時期私と一緒に仕事をしていた元同僚なのです。彼の生きる姿勢に私も共感しています。そして、この二人から私は多くのことを学んでいます。

かくいう私は、彼らのように身体的なハンデはないのですが、別の障がいを抱えています。その障がいゆえに、一度は風船に生命を吹き込むことができなくなったのです。その遠因は私の先祖代々、その育てられ方、さらには薩摩藩の風土までもが絡むもので、それ故に家族、とりわけ母親が苦しみ、その兄弟も苦しみ、すでに鬼籍に入った人のほうが多く、私はその末裔なのです。

風船が持つ人を幸せにしする力

風船が持つ人を幸せにしする力

しかしながら、それ故に私の風船に対する想いは人一倍強いものがあると自負しています。

とりわけ、もはや私の代名詞とまでになった

spark!spark!spark!

spark!spark!spark!

くす玉バルーン

一つ一つの風船に生命を吹き込むのみならず、一瞬一瞬にかける思い…

誰にも負けない、と自負しています。

達成感と自己肯定感…くす玉がはじけるとき

こんにちは。

2018年10月の第1週、今年最大の山場でした。

1年に一度クラスの大きなイベント装飾及び演出が立て続けに重なったのです。

とあるオープンスペースの周年イベント会場装飾。

1年に一度の大イベント。

この「1年に一度の大イベント」…2年前(2016年)

 想いがカタチになり、そしてはじける

エントランス

1年前(2017年)

さらにもう一つ。昨年の「とあるオープンスペース」の周年イベント。

 

「いつもとちょっと違うぞ」とお気づきでしょうか。

もしお気づきの方がいたら、その方はすごい。それこそバルーンクラッカーをプレゼントしたいくらいだ。

正解は…

「あれ」がない。

私のシンボルとも代名詞ともいうべき「あれ」がないのです。

今回、「あれ」に関して聴覚過敏の問題など、様々なご意見をいただき、「あれ」は抜きにしよう、ということにしたのです。

代わりに制作したのが

であり

でした。

しかし、必ずしも「あれ」は完全に消えたわけではありませんでした。形を変えて登場しました。

風船の中に風船を入れる「体験ワークショップ」として登場しました。

キーワードは

「できた!」という「達成感」。

風船の中に風船を入れる、というのは一般的に難しく感じられるようです。しかし、実際は思ったほど難しくないのです。実際に体験することによって、「できた!」という達成感とともに心の中でくす玉がはじける感動、それを味わってほしいのです。

私は1999年、「くす玉バルーン」なるものを世に送り出し、以来旧Y’s Dreamの代名詞としてあまたの感動を届けてきました。そして、このような動画を制作するまでになりました。

 

これは私が手掛けたバルーン演出を集めた動画です。2017年12月に制作したものですが、過去に同じような動画を制作したことがあり、この動画が再生回数が1万回を超えるまでになっています。

さらに、2年前(2016年)にはこのようなものも制作しました。

くまさんのげんきだま2016表紙

「くまさんのげんきだま」…私の生い立ち、バルーンアーティストになるまで、そして風船に対する想いを小学生低学年の子どもたちにもわかるように、かつ読み聞かせにも使えるように、ひらがなでわかりやすく述べた絵本仕立ての小冊子です。

今までできなかったことができるようになった時、あるいはある目標を達成した時、

やったー!

というものすごい自己肯定感と達成感を感じるでしょう。その時の気持ちは、さながら風船と紙吹雪が舞うかのような気持ちでしょう。その姿は、周りの人を感動させます。そういう時、素直に周りにいる人たちは祝福してほしいのです。

過去には「くす玉のひもを引っ張る気持ちよさ」という投稿をしたこともあります。

この達成感と自己肯定感を実際に「くす玉バルーン」を制作することによって実感し、明日、そして未来への生きる希望として結びつけるのが、このワークショップの狙いなのです。一昨年(2016年)のママフェスタで導入したところ大変好評で、以来バルーンショップAWESOME!のメインとなっています。

…考えてみれば、「達成感と自己肯定感」を実感することによって、生きる力を身に着けるのが放課後等児童デイサービスの使命です。その延長線上に

就労=働くこと=社会の一員として役に立つこと

があります。

私は一時期、自らをむなしくして両親に盲目的に従い、それこそロボットのように働くという生き方を模索したことがありました。徹底的に今までの自分を否定し、儒教の教えを鵜呑みにしようとしました。今でも「親の意向に忠実に従うのが親孝行であり、子どもの最大の義務は親孝行である」と信じて疑いません。そして、こうして風船を膨らませる、言い換えれば風船に生命を吹き込み、感動的な空間と瞬間を創り出し、いつまでも心に残る思い出を彩る、そしてその感動によって未来への生きる希望につなげる、という生き様をしていることに対して、両親には申し訳なく思っていますし、桜島を望む高台にある私の先祖の墓の前で毎年謝罪しています。

しかし、その生き様によって生み出された感動は

自分の人生そのもの

であり、その生き様がまさしく「くす玉のような存在」であり、多くの人に夢と希望と感動を与えているのも事実なのです。

制作中の一コマ

今回はバルーンドロップでした

最後に引用。この文章を見た時、一体いくつのくす玉が心の中ではじけたのでしょう。

あれ(=「くす玉バルーン」ないしは「スパークバルーン」)がなくても、それと同等の感動を生み出せた証です!

(ソウス…「夢FESTA2018 ~福祉とつながる僕らのイベント~ 登壇させて頂きました。{Full Of  Life}より」)

…そして、感動のフィナーレへ。
子供たちが一同にステージへ。
ステージも会場も一体となって
「世界に一つだけの花」を大合唱。
子供たちは手話の振り付けを、
体いっぱいに表現しながら歌います。
みんなの心が一つになったその瞬間、
なんと、会場にバルーンが降りました!
バルーンアーティストの梶川さん
仕掛け人です。

感動で、何も言えない私・・・(笑)

ただただ、「ありがとうございました。」
を繰り返したのでした。。。(笑)

家族が、
クラスが、
学校が、
地域が、
事業所が、
作業所が、
市が、
県が、
国が、
世界が、
・・・・・

色んな個性を認め合い、
尊重し合える、
そんな社会を作りたい!

本気でそう思えるイベントでした。

さぁ、本日からも頑張るぞ!
(‘◇’)ゞ

見るだけで元気が出るような空間演出をめざして

こんにちは。

前回の記事から1か月半程度がたちました。

既に来年に向けてのプロジェクト

平成が終わるまでに

合計2019個の風船を降らせよう(バルーンシャワー)

合計2019個の風船を飛ばそう(バルーンリリース)

9月も下旬に差し掛かり、現在こうなっています。

    

バルーンリリース 延べ400個

バルーンシャワー 延べ250個

※9月22日現在、対象になっているイベントのみ計上しています。

今後、今年11月下旬及び12月上旬、来年4月にこのプロジェクト関連のイベントを計画しています。このうち来年4月はたびたび予告している

「平成最後のふうせんまつり」

です。一緒にイベントをつくりあげるチームを12月中旬をめどにスタートさせる予定です。キックオフは11月下旬を予定しています。

さて、今日のテーマ。

見るだけで元気が出るような空間を創りたい

ということ。

先日、とあるピアノコンサートを鑑賞する機会がありました。そこで感じたのは

弾き手によってピアノの音色が全然違う。生命を感じる音色にもなるし、ただの「音」にもなりうる

ということでした。生命を感じる音色から感じるものは、

明日への元気や希望

であると強く感じました。

一方の風船。

すべて今月(2019年9月)に入ってからの作品です。

で、ある方からこういわれました。

すごい元気が出る

私にとって最高の評価です!くす玉がいくつもはじけるような気持になりました!

そもそも、これらの風船たち、すべて私一人が生命を吹き込んだものなのです。デザイン、構成、環境…風も吹くので安全にも配慮しなければなりません。前日仕込めるところは可能な限り仕込み、当日は夜明け前からひたすら感動の一瞬のために汗にまみれる…

 

風船が大好きで、くす玉がはじける瞬間を愛し、その結果築き上げたものはとてつもなく大きいと、今にして思っています。

とにかく風船が好き、だからこそ生み出すことができる感動…

これからも創り続けていきます。

心に残る表現者として大切なこと

こんばんは。

今日は2018年8月6日です。

8月6日の広島…は広島に住む者にとって、大きな意味を持つ日である。

以前、このようなことがあった。場所は東京である。首都圏で流れる某FM局の番組でのやり取り。

DJ「8月6日という意味に何があるの?別に8月4日でもいいじゃん」

ゲストアーティスト「8月6日でないといけない意味がある」

これは某FMで生番組の中で実際にされたやり取り。私はその日、東京都江東区内のとあるウイークリーマンションにいて、この放送を聞いていた。ゲストアーティストが何を言おうとしているのか分かったので、私はこれ以上突っ込まなかったが、DJは8月6日という日が何かわかっていないと言わざるを得ず、憤慨した。

別の年の8月6日午前8時15分。

私は東京都内のとある駅のホームの片隅で西南西の方角を向いて黙とうした。周りの大人たちは何をしているのかわからない人が多すぎた。たまにメッカの方角を向いてお祈りする人を見かけるが、それと同列に思われた(私はイスラム教徒に見えた?)ようであった。

このようなことは複数回あった。O線とC線の接続駅のYU駅、T線NK駅…大阪でも同じようなことがあり、この時は競艇場で有名な地下鉄と新交通システムの乗換駅であるS駅で同じようなことをした。

このように、旧Y’s Dream時代、8月6日の前後は広島を脱出する(東京へ脱出するケースが多かったが、S駅のように大阪へ脱出したケースもあった)ことが多かったです。なぜなら、この日の広島はカオスで、交通マヒになることが多く、仕事にならないことが多かったからなのです。とりわけ8月6日が平日にあたる場合、たいてい広島を脱出していました。

その脱出に際して、大きな理由になっていたのが、

バルーンアートの全国大会

JBAN Convention

2012年にうつ病で倒れるまで、ほぼ毎年皆勤状態でした。1997年に第1回が開催され、夏開催に移行した1999年以降、8月に行われることが多く、とりわけ8月6日前後に開催されるケースが非常に多かったような気がしますし、今年2018年もまさに今開催中です。

2011年(この年は東日本大震災で開催が危ぶまれたが、「絆…頑張ろう日本」というテーマで開催された)まで、15回中欠場はわずか1回。あまりにも忙しすぎて、しかもクレーム対応まで重なった2004年だけでした。コンテストも複数回出場し、2002年にはラージスカルプチャーに挑戦したこともありました(この時に自分の限界を感じ、ラージはこの時限りとし、ほかの部門にチャレンジするようになった…チャレンジして発信することが大切と考えたからである)。

私は

「悔いの残らない作品が作れたら、その作品から多くのことをバルーンアーティストが学ぶことができる。賞取りレースは二の次だ」

という考えで臨んでいたので、

時間内に仕上げる(作品の形として残す)

ことを最優先にしていました。実際2000年(第4回)に制作した作品は作品の形が崩れ、悔いが残りました。2002年(第6回)、2006年(第10回)、2010年(第14回)の作品は自分としてはベストを尽くせたかな、と思っていますし、それで入賞しないのですから、いかにレベルが高いか、ということです。

しかし、2012年5月、うつ病を発症。

2012年、多忙という理由以外で初の欠場。2013年も深刻な状況だったため行くことができず、2014年、状況が落ち着いてきたので「バルーンの今を見に行く」という目的で作品を見に行くだけしました。

そこで私はショックを受けました。

「技術が独り歩きをしている」

以前から薄々感じてはいましたが、2012年秋以降のヘリウムガス払底(私が引退を決めた引き金ともなった)以降、バルーン業界の流れが私の望む方向と別の方向に向かっているような印象がしたのです。

2015年も参加を見送り、2016年、20回目の節目ということもあって参加。

その時受けた印象は

業界の流れの多様化

でした。

私はある意味安心しましたが、同時にこう思いました。

私はもういいだろう

私個人としては、

これからのバルーン業界を担う若い人たちにどんどん参加していただきたい

と思い、若い人たちや経験の浅い人たちにどんどんJBAN Conventionへの参加を勧める一方、私は

数年おきに顔を出すぐらいでいいのでは?

と思うようになりました。

この2016年のファイナルパーティーで今後のJBANの方向性が示され、私はいよいよ後進へ道を譲ろうという意思を固めました。

昨年は遠い東北盛岡での開催だったこともあり、参加を見送りましたが、今年は東京での開催。参加してもよかったのですが、見送りました。2012・2013・2015年のような状態の悪さもありません。それでも見送ったのには理由があります。

もっと大切なことがある

と思ったからなのです。

今、私は給料の一部を毎月積み立てています。そのほかに、クラウドファウンディングも検討しています。何のためか…

来年春開催の作品展のための資金

なのです。

一方、最近この資金の一部を切り崩しました。理由は西日本豪雨の被災地のためなのですが…

西日本豪雨の被災地の中でもかなり気の毒な状況にあるのが、呉市の子どもたちなのです。

呉市から目と鼻の先にある広島市。通常なら最短30分で行き来できます。ところが…

JR呉線と広島呉道路が土石流で寸断され、中間にはこの西日本豪雨最大の被災地の一つである小屋浦と天応があり、連日2~3時間かかるという状態。早く行こうとすると江田島へ回って船を使うか東広島市を遠回りするかしかない状況になっています。

加えて犠牲者が多数出て、一時は全域が断水…花火大会をはじめとしたありとあらゆるイベントや夏の楽しみが奪われ、子どもたちの笑顔がなくなっている状態。

私は呉市在住の複数の方から

子どもたちの笑顔が消えている

という訴えを受けました。ましてや呉市は

エスカリエ青山メモリアル2007-2015

エスカリエ青山メモリアル2007-2015

幾度となく足を運んだ場所。

私は

自分でできることは何か

を考え、実行しました。

元気を出そう!

元気を出そう!

 

 

既に積極的にボランティアイベントに参加しています。

今後は今秋(10月下旬or11月上旬)に呉市某所にてその地域の保育園児・幼稚園児全員参加した約800個のバルーンリリースを計画しています。

それだけではありません。来年春の作品展では合計約1000個のスパークバルーンシャワー、それに続くエクストラステージ(北広島町大朝で2019年4月29日開催予定)では約1000個のバルーンリリースを計画しています。

それによってもたらされるものは何か…

無数の笑顔の華が花開く、いつまでも忘れることのない心に響く瞬間

なのです。

私が生命を吹き込んだ風船たちが、多くの人を元気づけているという事実

があるのです。

そのような感動の瞬間を少しでも多く創り出すために、より多くの資金と労力を費やしたい

のです。

JBAN Conventionでは、

一年に一度出現する日本で最もハッピーな空間

を何度も味わってきました。

旧Y’s Dreamを立ち上げたのも、

風船に接することによってもたらされる喜び、幸せ、うれしさ、楽しさ、華やかさというものを多くの人に広げたい

という想いからでした。

経験の浅い人たちは、どんどんJBAN Conventionなどに足を運んでいただきたいです。

他方私は、もう十分に味わいつくしたので、ある意味「もういい」です。数年に1回、思い出したかのように顔を出す程度で十分です。

JBAN Conventionに参加するためには、10万近いお金が必要です。そのお金を今本当に私が生命を吹き込む風船を必要とする人たちのために使いたいので、私は今年もJBAN Conventionは欠場しました。

 

 

 

 

 

 

汗と涙を積み重ねて生み出してきた感動

こんにちは。

まずはこの動画をご覧ください。

 

私が生命を吹き込んだ風船たちがはじける瞬間を集めた動画ですが、実はこれらの感動を生み出していたのは「イージーポップ」と呼ばれる、2000年代前半に開発された無線を用いて風船をスパークさせる、小さな機械を用いていたものが多く含まれています。

その機械がこれなのですが、ついにこの機械が動作しなくなってしまいました。というか、反応が鈍くなってしまいました。

前々から怪しかったのですが、とうとう寿命が来てしまったようです。

思えばこの機械によって生み出された感動の瞬間は数知れません。

この機械を使い始めたのは2004年。

同時期にマスターした別のもう一つの方法(一定の高さで大きな風船がスパークする方法)と併せ、長年私が夢見ていた感動の瞬間を現実に創り出すことができるようになったのです。

以来私は2013年、引退するまでこの機械を愛用し続けてきました。

この機械によって生み出された感動の瞬間は数知れず。

エスカリエ青山メモリアル2007-2015

エスカリエ青山メモリアル2007-2015

ありがとう、Easy Pop!

ありがとう、Easy Pop!

これらはほんの一例。

この演出が成功した時、いつも私はたとえようのないほどの達成感を覚えました。

やったー!!!!!

その代わり、失敗したときは…

奈落の底に沈む…

2012年、引退の引き金になった「大返還」もこの機械によってもたらされたのです。

 

もちろん、成功させるためには全力を尽くします。

導通チェック、電池交換、点検…

失敗して悔いを残さないために、ベストを尽くすのです。

それでも失敗することがあります…

 

失敗した時の悔しさは、想像してください。

 

その私が引退し、2年余りの歳月を経て現役復帰を果たしました。

しかし、この機械はレパートリーから外しました。

「やれることをやろう。もう無理はしない」

そうして、この機械は「ここ一番」という時で、かつ失敗しても逃げ道がある場面でのみ使用しました。まさに「伝家の宝刀」扱いとなったのです。そして今回、引退決定…

その私が今、生み出しているのが

夢の国

ファンタジーランド

ようこそ夢の国へ!

ようこそ夢の国へ!

多くの人を感動させ、元気づけ、夢と希望をもたらし、明日への活力につながる作品たち、瞬間たちを生み出せる、今の自分があるのです。

この機械がなくても、生み出せる感動はいっぱいあります。

しかし、この機械を操ることによって得た経験、生み出した感動の瞬間、流した汗と涙、時に流した悔し涙、そして体感したとてつもない達成感…

この機械に出会えたからこそ、今の自分があるのです。

ありがとう、イージーポップ。

大きな夢を追いかけよう!

こんばんは。

今日、とあるコンサートを見に行く機会がありました。

そこで感じたこと。

「夢をかなえようとするその姿ほど、人の心を打つものはない」

そこから得られるものは、計り知れない感動と、明日、未来を生きる活力、そして元気です。

ここで自分を顧みてみましょう。

私は、一度夢をかなえています。

そして、夢をあきらめました。

さらに、そこから

一度夢をかなえたからこそできることがある

と思い、今を生きています。

夢を追いかけよう!

夢を追いかけよう!

今日(2018年6月17日)に制作したバルーングラフィックです。

このバルーングラフィック、2008年から2013年にかけて、私が生み出した感動の瞬間たちから構成されています。

このところ、最新の作品ばかりでバルーングラフィックを制作していて、作品が似てきた、同じような作品ばかりができている、と思っていました。

夢を一度かなえたからこそ、生み出せるものなのですが、何か満たされない気持ちになっていました。

振り返ってみれば、2008年から2011年、私は挑戦を続けていました。

「まだ誰も見たことのない感動の瞬間を生み出す」

ということに。

2012年、私は鬱に倒れました。

それでも私は夢を追いかけ続けていました。

結局、2012年11月に起きた「ヘリウムガス払底」騒動が大きなきっかけとなり、私は

もう夢を追いかけるのはやめよう

と考え、引退を決断しました。

このバルーングラフィックには、私の引退作品となったものも含まれています。2013年8月の作品です。

しかし、私は形を変えて、今風船を膨らませ続けています。

なぜそのようなことができるのか…

客観的にみて、

自分のやってきたことがすごく、かつ素晴らしいことだった

という評価がされたから、だと考えています。

一度夢をかなえたからこそ、今がある

と私は実感しています。

だからこそ、私は

夢をあきらめないでほしい

というメッセージを発することができるのです。

今日のバルーングラフィックは、夢をかなえようとしていた、そして最後まで夢を追いかけ続けていた旧Y’s Dreamの作品たちで構成しました。そしてそこにあるメッセージは

大きな夢をいつまでも追いかけてほしい

ということです。

自己肯定感と達成感と…

こんにちは。

先日のフラワーフェスティバルのパレードの記事がとあるカー雑誌に取り上げられていました。

私が考え出した演出が大きく取り上げられていました。

一方、先日の講演会。

 

キーワードは

達成感と自己肯定感

この動画の最後には以下のようなメッセージがあります。

私が生命を吹き込んだ風船たちが、その場に居合わせた人たちの中に
いつまでも心に残る感動を刻んだ時、私の心の中でとても大きなくす玉がはじけ、無数の風船と紙吹雪が舞います。
そして、私が風船たちに生命を吹き込むその姿、さらにその風船たちが大きな感動を生み出すという事実、それこそが私自身をくす玉のような存在として、自分らしく輝く人生を歩むことができているのかもしれません。

この動画を見ていただくとわかるのですが

いたるところで歓声が聞こえてきます。

やっているときはもうすべてを出し尽くす、という気持ちで取り組みますが、その時の表情も改めてみると、

まさにはじけるくす玉のごとく、感動を生み出すものでした。

だからこそ、感動を生み出せるのでしょう。

私が風船を通して一番伝えたいことは

驚きと感動をつくりあげるときの自らの姿から

より多くのことを感じていただき

同時に自ら風船に生命を吹き込むことによって

達成感と自己肯定感を感じていただく

ということです。

これらの写真は、先日とある高齢者デイサービスで行った、全く新しい形のバルーンショーです。

バルーンアーチを実際に作っていくのを実演したのですが、これもまたすごく好評でした。

本当に好きなことを見つけ出し、それを自ら極めようとして、生み出されるもの…

そこに感動があるのかもしれません。