私は「勝負師」なのか!?

こんばんは。

この記事を書いているのは2017年10月25日。

昨日10月24日は、広島にとって大変悲しい夜になりました…広島が生んだ誇り高きプロ野球球団、広島東洋カープが日本に12あるプロ野球球団で3球団目の屈辱を味わった日でした…あまりの悲しさに、私はその夜、ショパンのピアノ協奏曲第2番第3楽章をずっと流しまくりました。

複数「やりすぎ」という声が出て、トーンダウンしましたが…

実は私はバルーンにここまでどっぷりつかるようになる20年ほど前、1995年ごろ、ギャンブルにおぼれていました。

とりわけ当時はパチンコにおぼれていました。

パチンコの他にも、住んでいた場所のすぐそばに競馬場があったこともあって、競馬はよくやっていましたし、当時勤務していた会社が競輪場への無料ファンサービスバスを運行していたこともあって、競輪にも手を染めていました。競艇場にも足を運んだことがあります(このとき「返還欠場」のルールが競艇にあることを知った→バルーン演出失敗=「返還欠場」というルールを作ってしまい、結果自分の首を絞める下地になってしまった…もっとも競艇、すなわちボートレースに関してはその奥深さを引退前後に知ることになるのだが)…

で、パチンコにおぼれる理由…どうも最近の研究では脳内麻薬物質といわれる「ドーパミン」が関係しているようだといわれています。

そういう私がパチンコをぴたりとやめることができたのは、バルーンアートに出会ったからなのです。これは紛れもない事実なのです。

バルーンアートに出会った→そちらへの投資を増やしたい→どこかを削らねばならない→当然削るべきはギャンブル、とりわけパチンコへの散財

ということになって、結局パチンコからは足を洗うことができました。

同時に当時溺れかけていた、とある新興宗教からも足を洗うことができました。

ギャンブル(とりわけパチンコ)から足を洗うことは、かなり難しいことらしいです…が、私は風船のおかげで、それができたのです。

ところが、私にはもう一つ問題がありました。これが発達障がいに関わる重大問題なのですが、

「セロトニン」が私は生まれつき足りないようなのです。

加えて両親が受けてきた厳格な教育。私の家系はどちらも武士を先祖に持ち、とりわけ母親の家系は世界有数の厳格な教育が施されていたという島津薩摩藩がルーツ。薩摩藩鶴丸鹿児島城下では「郷中教育」という厳格な教育が長年行われてきたが、その厳格な教育と男尊女卑という薩摩藩独特の制度、それに長男の夭折とその後の三姉妹という特殊な事情が絡み、行き過ぎともとらえられるほど厳格な躾とそれに伴う屈折した人生観が複雑に絡み合い、結果母親は深刻な神経症に苦しみ、私はその余波をもろにかぶることになってしまいました。あまりにもひどい影響が出た結果、私は風船を一度捨てざるを得ないほどの状況になってしまったです。

そういう私の生まれつきの生い立ちが関係して、結果的に

勝負師

としての道を歩むことになったのかもしれません。

スパークバルーンをはじめとしたバルーン演出は、一つ一つが真剣勝負です。

やり直しのきかない、少しでも失敗すると取り返しのつかない「真剣勝負」です。

しかし、その真剣勝負でもたらされるものは

その場に居合わせたすべての人たちにいつまでも心に残る驚きと感動

であり、

その場に接した人たちすべてが例外なく、笑顔と幸せに満ちた大輪の華を咲かせることができる

ということなのです。

私はその場に接した人たちの笑顔と幸せの大輪の華を開かせ、咲かせる魔術師であり、勝負師なのです。

そのほんのわずかな瞬間のために、私は何日も時間をかけ、悩み、苦しみ、汗と涙を流すのです。

一つ一つの風船に私は生命を吹き込む、という表現を私はしていますが、その風船たちがその場に接した人たちに笑顔と幸せの大輪の華を咲かせ、いつまでも忘れることのない感動と思い出を残すことができるのです。

私が生命を吹き込んだ風船たちによって、多くの笑顔と幸せに満ちた大輪の華が開くとき、私はたとえようもない達成感を味わうことができるのです。その達成感は、パチンコでもたらされるドーパミン全開のあの快感とも違います。自分から放たれるドーパミン、それに接した人が放つセロトニン、これらが一つとなってたとえようもない達成感と快感が私の体を突き抜けます。

自分がセロトニン不足という生まれつき抱えている問題を、自ら生み出すドーパミン全開のパワーを風船たちに託すことによって、すべてが結びついてその場に居合わせたすべての人たちにたとえようのない感動をもたらし、同時に自分はたとえようのない達成感と快感をもたらすことができるという、とてつもない幸福感を生み出すことができるのです…その場に居合わせたすべての人たちにとっての、最高かつ至福の瞬間を。

だからこそ、私は

感動の瞬間を生み出す勝負師並びに魔術師

になることができたのかもしれません。しかもその一端は、私が生まれつき抱えている障がいに間違いなく由来しています。

私が一つ一つの風船に生命を吹き込み、それがはじけた時に広がる最高の笑顔、まさにその笑顔は「華」であり、その場に広がったすべての笑顔の華がはじけ、最高の感動となる…その感動を生みだすことができる自分自身が、まさにその風船である「くす玉」の力であり、同時に自らを「くす玉のような存在」にすることができるのである。そういうことをすることが再びできるようになった今の自分は幸せだと思うし、そういうことができる今の環境に感謝しなければいけない、と思っている今日この頃である。

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