風船・バルーン」カテゴリーアーカイブ

ぱんぱかぱーん!とはじけたい!

こんばんは。

今日の見出し、何だか

頭を割ると風船と紙吹雪が出てくるの?

みたいなタイトルです。

これは先日開催した「夏休みバルーン教室」の様子。

見ていただければわかるか、と思いますが、これまでの一般的なバルーン教室とは大きく異なります。

私の風船に対する想いがぎっしりと、それこそ「くす玉バルーン」のように詰まっていて、その想いがはじけるというイメージで創り上げた内容になっています。

このようなことができるようになるとは、

作品集表紙(2013年8月制作)

作品集表紙(2013年8月制作)

4年前からは想像もつきませんでした。というか、4年前、2013年の今頃、私はもう風船から足を洗うつもりでこのような作品集を作りました。当時の私はキャリアリセット、キャリアチェンジを目標としていました。どのようにしてこれまでやってきたことを無にして、全く違う自分に変わるか…

ところが、それはできませんでした。

結局できたのは、全く違う形で、風船に対する想いを通して、若者たち、とりわけ発達障害や自閉症などで夢を見失った人たちに夢と希望を与えるということでした。そのような使命を帯びて、今の会社で働かせていただいている、というのが実情です。

その結果、

風船に対する想いを積み重ねるだけのその生き様によって、多くの人を元気づけることができる

という、おそらく日本中探しても数えるほどしかいないような存在になってしまいました。

というか、

それだけ凄いことを私がしていたということに、10年以上気が付いていなかった

のです。

実際、先述の4年前に制作した作品集(画像をクリックするとその作品集がご覧いただけます)は、過去の私がしてきたことを振り返るために制作したつもりなのですが、結果わかったことは、

自分のしてきたことがいかにすごく、かつ素晴らしいことだったのか

でした。

その経験を踏まえ、他方では様変わりしたバルーン業界の動向も踏まえ、これからどうすべきか考え抜きました。

その中でも、様々な感動を生み出す機会に恵まれました。それらの作品は、

最新の作品集タイトル

上記バナーをクリックするとご覧いただけるようになっています。

確かに私は焼きが回り、技術面では到底今のバルーンアートの最先端には及びません。しかし、それでもこれだけのものを創り出せるのが現実なのです。

それだけではありません。

はじける想い

はじける想い

のようなバルーングラフィックと呼ぶ、私が創り上げた作品だけで1枚の絵ができ、それ自体の作品集までできているのです。

そして、今や私は目指していた、

くす玉のような存在

になりつつあるのです。

私が生命を吹き込んだ風船たちが、多くの人を元気づけているのです!

パンパカパーンとはじける想い

パンパカパーンとはじける想い

なぜ「パンパカパーン」を表題にしたのか、というと、

自分の生き様がそれこそくす玉のごとくはじけると同時に、多くの人を元気づけられるという姿を音で表したら、これになったからである。

自らの手によって生命が吹き込まれる風船たちによってもたらされる感動

その風船たちによって生み出された感動を自分の言葉で伝えられる私

そしてその姿によって元気づけられる人々…

そういう存在に自分が気が付いたらなっていた…これからもそういう生き方を続けていきたい

自分をプロデュースするということ

こんにちは。

先日、昭和雑貨を集めたというカフェを訪れる機会がありました。

昭和といっても高度経済成長期からオイルショックのころにかけて、さらに80年代前半までのものが多く、バブル時代の少し前ですから、私にとっては懐かしいものがたくさんありました。

このカフェで「くす玉」が話題になりました…そうです、「くす玉」は昭和40年代後半から平成初期にかけて、カラーテレビ映りがいいこともあって、華やかな演出の代表格だったのです。

仮に今この番組があったらどのような効果になってたのだろうか…

以下はWikipediaより転載です。
10問正解してゴンドラが頂点に上がるとファンファーレが鳴り、解答者席上(天井)に吊るされていたくす玉が割られて、大量の紙吹雪と風船(色は赤・橙・黄・緑・青の5個)が降り、日航で行く「夢のハワイ旅行」と賞金10万円獲得となる。なお降ってきた風船は出場者あるいは観客の子供たちがもらうことができた。
全ての解答者席上にくす玉が設置された1973年12月以降のくす玉割りは、同じロート製薬提供でTBSの『クイズダービー』同様、スタッフの機械操作で行われていた。
紙テープは入っていないが、新井たかし著の「クイズで儲けろ」に宝田明が10問正解・ハワイ旅行達成の瞬間で紙吹雪を浴びる場面の写真には紙テープが入っていた。
クイズ番組で最初にくす玉・紙吹雪・風船・紙テープの演出を始めたのがこの番組である。ちなみにテレビ番組全体はNHK紅白歌合戦がさきがけである。
(中略)
紙吹雪が降った後、10段目に上がったゴンドラに飛行機のタラップに相当する階段を寄せ、当初は日航の客室乗務員が解答者にフラワーレイをかけて、エスコートした。その際、その階段を客室乗務員が上がり、ゴンドラの扉を開けて、10問正解者を出迎え、専用席でシルエットゲストから副賞の賞金10万円の目録が手渡された(但し、前半(シルエットゲストがいない時)で10問正解を達成した場合は小池が手渡す)。ゴンドラが色分けされてからは、テニスウェアを着たアシスタントがレイを掛けにいくようになり、専用席で日航の客室乗務員が目録と航空バッグを渡す形になった。
(中略)
10問正解・ハワイ旅行獲得時に割られるくす玉は当初1つだけで、10問正解しそうな解答者のゴンドラ上に来るよう後ろでスタッフが操っていた。しかし、収録中スタッフが誤ってセット上にぶつけて割り、紙吹雪と風船を降らせてしまったため、収録が一時中止となったことがあったことから、その後は2つ設置された。しかしながら、1973年11月25日放送の「ヤングレディ特集」の大会で初めて10問正解者が3人も出たために、3人目にはくす玉が用意されなかったというハプニングがあった。これを機会にすべてのゴンドラ上に設置されるようになった。
小池時代に放送中、問題を読んでいる時に何かの拍子で誤って全てのくす玉が割れてしまい、紙吹雪と風船を降らせるハプニングもあって、小池がお詫びをしたこともあった。くす玉を割るための機械にトラブルが発生して、くす玉を割るボタンを押していないにもかかわらず、機械が割れるという信号を出して割れてしまったことが原因と思われる。くす玉を割るための機械があること自体が余り知られていないものであるが、『クイズダービー』でも使われていた(『クイズダービー』も参照)。
紙吹雪が大量のため、10問正解・ハワイ旅行達成者の両隣の解答者が浴びることも少なくなかった。このため頭や肩等に紙吹雪が付着したままの状態でクイズに参加していた。
風船が隣の解答者に落ちたり、ステージ上に落ちたりすることもあった。
1978年8月27日放送の「15周年記念全国大会・中部甲信越地区大会」でも、下に記した通り隣の解答者に落ちた風船が割れるハプニングがあった。
⑤の解答者(女性)がラッキークイズで10問正解を達成(結局2人目の10問正解達成者が出ず、決勝進出も決定)、くす玉が割られた。その後、前半に2問誤答でお出となった④の解答者(男性)が復帰。風船が引っ掛かっていたのを知らずに解答して正解、風船が割れる音に驚いた。そこで小池が「⑤の方の風船が割れました、ごめんなさい」と謝罪した。
右端の⑥の解答者(男性)のゴンドラにも風船が降り、1回目の誤答時までそのまま置かれていたことと、10問正解・ハワイ旅行を獲得していないのに大量の紙吹雪を浴びたこと。風船は1回目の誤答後にアシスタントが除けたが、紙吹雪は終盤に2問誤答でお出となる際に慌てて払い落とした。この理由は本来ならば⑤の解答者のくす玉が割れ紙吹雪と風船を大量に浴びなければならないのに、右隣にいる⑥の解答者のくす玉を誤って割ってしまったのである。
10問正解を達成したにもかかわらず、くす玉が割られず、紙吹雪と風船が降らなかったこともあった、逆に10問正解を達成していないにもかかわらず、くす玉が割れ、紙吹雪と風船が降ったこともあった。
なお、紙吹雪は小池時代の頃、細かく刻んでいた。そのため、小池は「あとで払い落として下さいね」と言っていた。
(引用ここまで)

結構いろいろあったようですね…

1980年ごろといえば、先日記事にした「パネルクイズアタック25」やこの「アップダウンクイズ」のほかにも、「世界一周双六ゲーム」や「三枝の国盗りゲーム」や「クイズタイムショック」など、視聴者参加のクイズ番組が花盛りの時代でした…パネルクイズ25は今も続いていますが、それ以外は1986年春を境に無くなりました…。このころの最高峰が「アメリカ横断ウルトラクイズ」。私も出ようか、と考えましたが、東京ドームが遠かったのでやめました…

よく考えたら、「タイムショック」と「ウルトラクイズ」以外は大阪で収録されていたのですね…

2011年5月の旧「ふうせんやさんのひとりごと」から持ってきました。ちなみにここで論じられていたのは、「アップダウンクイズ」のことです。

その続きがこの記事でした。

そこから引用

くす玉が

キャノン砲

バルーンドロップ

スパークバルーン

に進化したのは今の状況を見ればわかるでしょう。

(中略)

こうしてみると、

くす玉の演出は古くて新しい

ということなのかも…

いずれ近いうちに、

どうしてくす玉がはじける瞬間は感動を呼ぶのか

ということを述べなくては…

引用ここまで

とあるが、最近になって、どうもその答えが見えてきたような気がします。

先ほどの記事を書いたのが2011年5月ごろのこと。このころ、私はまだ突っ走っていたころでした。東日本大震災が起きて、社会の流れが少しずつ変わり始めていたのですが、その変化に気が付かず、少しずつY’s Dreamが傾き始めたころでした。

その後、鬱発症→発達障害と毒親の問題に直面・ヘリウムガス払底(ほぼ同時期)→引退…という経過をたどり、風船から離れた時期がありました。ところが、あるきっかけで復帰することになり、今に至ります。

復帰後はこれまでとは異なった展開をしていますが、今までと同じことをしても失敗を繰り返すだけだと考え、違う側面から風船にアプローチしています。

その中で、この「ふうせんでつたえたいこと」や「バルーングラフィック」を制作し、これを障がいのある人たちに自信を身に着けさせるために生かそうと企画して制作したのが「くまさんのげんきだま」です。これを制作したことによって、自分の目指すべきところがはっきりしたのは事実です。

すでに多くの方がこの「くまさんのげんきだま」を手にし、読まれているようです。先日は特別支援学校の研修会の教材にまでなりました。

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私が常日頃言っている

くす玉のような存在

「くまさんのげんきだま」

「バルーングラフィック」

「ふうせんでつたえたいこと」

全てに通じるものがあるのですが、これを私はすべて自分で作り出しました。その過程で、まさに私はその存在に近づくことができたのです。

これらを見るだけで、

元気が出た

生きる力になった

という声をたくさんいただきました。そういう声を聞くと、私の心の中で、また一つくす玉がはじけるのです。

先日も

「げんきだま」はすなわち「くす玉」のこと

というようなことを述べましたし、

くす玉を見つけ出すのもはじけさせるのも自分、周りにいる人たちはその手助けをする役目がある

というようなことも述べました。

もう一つ言わせていただくと、

パンパカパーンとファンファーレを鳴らしてあげるのも周りの人の役目だと思います。

先日、私はこのような動画を制作しました。

この動画、前半のスパークバルーンがはじける瞬間にファンファーレを合わせました。一方後半のそれは、オーディオをそのままにして、会場の歓声をそのまま臨場感がある形で伝えています。

この動画も私が自分で制作しました。もちろんすべて、私が手掛けた感動の瞬間や作品で構成されています。

何を隠そう、この動画、私の風船に対する想いをそのまま形にしたものなのです。

この動画を見て、皆さんに元気と希望と夢を持ってほしいというのが私の願いなのです。

一連の小冊子、「バルーングラフィック」作品、そしてこのショートムービー、すべて

自己表現の一種

であり、セルフプロデュースにつながっているのです。その中心にあるのが

くす玉のような存在

というキーワードなのです。

私が生命を吹き込んだ風船たち、そして、私の生き様が、多くの人の心に残り、夢と感動と元気を分け与えることができる存在…それが「くす玉」であり、私はそうなりたいのです。

笑顔にはかなわない

こんにちは。

バルーングラフィック個展と風船で作る楽しい空間イベントは、諸般の事情で、この夏は開催を見送ることにしました。

その代りに制作したのが

ふうせんでつたえたいおもい

ふうせんでつたえたいおもい

画像をクリックすると、新しいウインドウが開いて、中身をご覧いただけます。50メガありますので、光もしくはWifiでお楽しみください。

この「ふうせんでつたえたいこと」と「バルーングラフィック作品集」をドッキングさせたもので、より鮮明に楽しむことができます。

また、動画版も制作しました。

正直言います。

どっちも

作っているだけで、すごくテンションが上がりました!

いずれも音楽構成を含め、私自身の作品だけで構成したものです(BGMなど一部素材は除く)。

バルーンの作品及び演出はすべて私自身が創り出した作品です。

これだけの風船に生命を吹き込み、多くの感動を生み出してきた(今も生み出し続けている)ことだけでもすごい(というか、そのこと自体がすごい、ということに最近ようやく気が付いた)のですが、それらを再構成してまた新たなるものを生み出し、それが多くの人を元気づけているということ…

本当に好きなことに出会い、それをきわめたからこそ生みだされる笑顔…

つい数年前まで、私は

笑顔が消えていました

私がしてきたことがいかにすごいことだったのかが分からなかったのです。というより、

もっとすごい人がいる

自分はまだまだだ

という考えで10年以上突っ走り、ひたすらハイパフォーマーだけを目指し、挙句の果ては鬱になってしまいました。

鬱からのリカバリーに取り組む中で、

自分は生まれながらの自閉症で、その気質は生涯変えることができない(=いわゆる「アスペルガー症候群」=発達障害)

両親、とりわけ母親の子育てに誤謬があり、その原因は母親自身ではなく先祖代々にあった(=いわゆる「毒親」の世代間連鎖)

という現実に突き当たり、

人間として基礎的、根本的なところに問題があった

これでは努力が実るはずはない

ということが分かったのです。

それを乗り越えるには、自分で本当に好きなものを見つけて、それを極めるぐらいしないといけないのです。

だから私は

もし風船に出会うことがなかったら、私は今頃この世にいない(=自殺している)か、塀の中(=親を殺して刑務所に収監される)だったかもしれない

とさえ思っています。

その風船に対する想いから、風船に託した私の想いというものを表現しようとして、このブログを立ち上げているのですし、バルーングラフィックを制作しているのです。

私は以前、このようなことをこのブログに書いていました。

顔の美人もさることながら、心の美人が非常に多い。「夢をかなえている」その輝きが、その人の心を美しくしているに違いないのではないか。(2001年12月2日→2010年11月23日アーカイブ)

このような

夢をかなえている輝きからもたらされる心からの笑顔ほど、人を幸せにするものはない

と私は思います。

最近、私は「笑顔がとてもすてき」と多くの人に言われるようになりました。そのような笑顔になることができるのも、一度曲がりなりにも夢をかなえ、その経験を次のステップに生かすことができているからなのかもしれません。

ふうせんでかけよう えがおのかけはし

ふうせんでかけよう えがおのかけはし

バルーンでもたらされる笑顔

バルーンでもたらされる笑顔

 

私が風船で今できること

こんばんは。

最近「バルーングラフィックを見るだけで元気が出る」という声を多く聞きます。

ところどころで最新の作品を織り込んでいるのですが、結果どんどん新しい作品が生まれます。

ハピネス アンド チアフル! …風船で届けたいもの

ハピネス アンド チアフル! …風船で届けたいもの

今日もこのようなグラフィックを制作しました。

このバルーングラフィックを制作しているときの私の気持ちは、とてもハッピーです。

…というより、これらのバルーングラフィック、一部の例外を除き、すべて自分が生命を吹き込んだ風船たちだけで構成されているのです。

そのような作品を自分が手掛けたものだけで作ることができるまでになっている…

改めてすごいことだと実感しました。

この夏、私は

バルーングラフィックをメインにした作品展を実施することに決めました。

コンセプトは、

風船で元気とパワーをいただこう

バルーングラフィックの作品展のほか、

くまさんのげんきだま2016表紙

くまさんのげんきだま2016(クリックするとPDFファイルがご覧いただけます)

をベースにした

トークライブ「風船で伝えたい想い」

さらに、

くす玉バルーンを自分で制作するワークショップ

バルーンクラッカー体験

 

天気が良ければ

バルーンリリース体験

という内容で、

風船で元気を届ける

ことをコンセプトに行うことにしています。

詳細は近く発表します。広島市郊外のとある場所で行うことにしています。

そういう私ですが、この夏は

くす玉のごとくはじける夏になりそう

です。他にも「世代間交流バルーン教室」などの企画を準備しています。

 

さて、トークライブでも話すことになりそうですが、私は

心の中にくす玉をもって日々生きてほしい

そのくす玉を用意する手助けをするのが親や周囲の支援者の役目

くす玉を用意するのも、作るのも、花開かせるのも本人の仕事

どういう方法で花開かせるかは本人で考えること

ただ漠然としていただけではくす玉は花開いてくれない

くす玉を花開かせるためには、汗と涙を流す必要がある

流した汗と涙に比例して、くす玉が花開いた時の感動は大きくなる

そして

そのくす玉が花開くとき、本人はとてつもない達成感を味わい、その結果大きな自信につながり、次へのステップになる

という考えがあります。そういう想いでバルーンに取り組む一方、バルーングラフィックの作品も制作しているのです。

かくいう私は、親も周囲の人も誰もくす玉を用意する手助けをしてくれませんでした。それどころか足を引っ張ってばかりでした。そしていつしか、自分でくす玉を用意するようになり、自分ではじけさせ、花開いたのです。

くす玉を花開かせるカギとなるのが

自己肯定感

私は、この自己肯定感がつい最近まで非常に低かったのです。今でも低いかもしれません。でも、

自己肯定感が低い状態では、このようなブログもかけなければ、自分の作品だけで更なる感動を生み出すバルーングラフィックを何十枚も作れるはずがありません。

もう私は焼きが完全に回っています。細長い風船で作品を創ろうにも、到底足元にも及びません。ましてや私は生まれつき不器用で、しかも自閉症…コミュニケーション能力も低く、職人の世界だったつい最近までのバルーン業界からの変化についていけず、一度は引退を余儀なくされました。

そのようなどん底を乗り越えたからこそできることが、今自分がやっていることであり、これからやろうとしていることです。

私はかつて、「くす玉バルーン」を生み出し、一つの市場を創り上げました。

本当に風船が好きで、くす玉が好きで、くす玉のはじける瞬間をだれよりも愛したからこそ、今につながっているのかもしれません。そして、次の世代に伝えることができるのかもしれません。

感謝の気持ちをくす玉に託して

感謝の気持ちをくす玉に託して

げんきだまの再生産サイクル

こんにちは。

最近、私が描くグラフィック、これらは基本的に私が制作した作品、すなわち私が生命を吹き込んだ風船たちの写真をコラージュして制作しているのですが、この作品たちから元気をいただいた、という声を多くの人からいただいています。

そのような声をいただくたびに

私の心の中でくす玉がいくつもはじける

という大変素晴らしくかつ心地よい状況が続いています。

ハートフル!

ハートフル!

私が創り出す風船の作品って、人を元気にするパワーがあるのかもしれません。
そこから生み出される力によって、人を感動し、元気づけることができるものを生み出せるということが、いかに幸せで、かつ素晴らしいことなのか…

私が膨らませ、生命を吹き込む風船たち、いつも述べているように、それらの風船たちには私の想い、そしてみんなの想いがいっぱい詰め込まれています。それらに接した人たちの心が躍り、そしていつまでも心に残る感動が残る…

そういう作品を長年制作してきましたし、今でも制作しています。

そうして積み重ねてきた作品たちで何か発信できないか…と考えだしたのが、バルーングラフィックなのです。

思えば5年前、2012年の今頃、私は長年蓄積された精神的疲労が極限に達し、うつ状態に陥りました。最初は「しばらく休もう」程度ぐらいしか考えていなかったのですが…本来あってはならない出来事が相次ぎ、鬱の症状は深刻さを増しました。

そして鬱症状が落ち着き、少しずつ再開の方向性を模索していたところ、今度はヘリウムガス払底という事態が追い打ちをかけました。一時は「もうヘリウムガスで風船を膨らませることはできないのではないか」というところまで事態が推移し、私が得意としていたバルーン演出の市場は大幅に縮小の方向に向かい(現在は回復基調)、バルーンの立ち位置もバルーン業界の姿も大きく変わってしまいました。

この状況に接した私は「引退やむなし」と判断、2013年春以降、新規のお客様の受付を徐々に停止し、2013年8月末をもって旧Y’s Dreamの営業をすべて終了しました。

私はその際、風船から完全に足を洗うつもりでいました。しかし、何らかの形でY’s Dreamの歴史は残しておきたい、そしてその歴史をバルーン業界の更なる発展に役立ててもらいたい…という想いから、48ページにも及ぶ作品集を制作したのです。

画像をクリックすると、新しいウインドウで作品集がPDFファイルでご覧いただけます。

この作品集、キンドルでもダウンロードできるよう、電子書籍化して有料でアマゾンで頒布していたのですが、どういうわけかコンスタントに今でも月1冊は売れているようです。

それはともかくとして、2014年春、私は全く違う業界で仕事をすることになりました。その際、「これからは風船を楽しもう」という考えから、趣味でバルーンをやっていくことにしました。そこで制作したのがこちら。

練習制作したバルーングラフィック

練習制作したバルーングラフィック

これはフォトショップの練習で制作したもの。これを原型として、

バルーンメイクエブリワンハッピー

バルーングラフィック

最初のバルーングラフィック作品ができました。2014年4月のことです。

自分の作品をコラージュ画として1枚の絵としてまとめることができるほど、自分がやってきたことがいかにすごいことだったのかを再認識させられることになりました。

旧Y’s Dream時代、私は「もっと上がいる」とひたすら上昇志向が強く、限りない高みを目指していました。その結果、1日に7組もスパークバルーンシャワーを手掛けたり、19時間も連続で風船を膨らませては運びを繰り返すなど、本来ありえない無理なスケジュールを繰り返し、過労状態になりました。それでも「まだまだ努力が足りない」と、自己否定を徹底的に繰り返し、スーパーマンレベルを目指していました。にもかかわらず、越えられない壁が自分にはあったのです…それが生まれつきのものであり、幼少期に原因があった、と分かったのは、風船を膨らませることを止めた後でした。

自己否定の鎧を捨てた私が、新たに生み出せること、新たに発信できることは何か…を考え、創り出したのが、バルーングラフィック。

そのバルーングラフィックが、今や

元気とパワーの源

として、多くの人たちに元気を分け与えることができるまでになったのです。

昨年(2016年)、今勤務しているとある福祉事業の会社の児童デイサービス部門から、このような声が上がりました。

「何か子どもたちに伝えることはできないか」

その声と私の想いをカタチにしたのが、この小冊子です。

くまさんのげんきだま2016表紙

くまさんのげんきだま2016表紙

こちらも画像をクリックすると新しいウインドウでPDFファイルがご覧いただけます。

この小冊子を制作するに当たっては、私がこれまで制作してきたバルーングラフィックと、私がこれまでしたためてきたこの「ふうせんでつたえたいこと」のエッセンスを、小学校低学年の子どもたちにもわかりやすいよう、噛み砕いて煎じつめました。

おかげさまでこの小冊子、放課後等児童デイサービスの現場でも活用されているところがあり、その児童デイサービスがある都市の近くのバルーンショップ様にも置かせていただいています。

そのようなバルーングラフィックが一堂に会しているページがあります。

バルーングラフィックタイトル

バルーングラフィック集(WEBページ)

そんな私が創り出したバルーングラフィックですが、どの作品も制作するときはテンションがすごく上がります。次から次へとくす玉がはじけるような感じで作品を創り出します。

いずれにせよ、自己肯定感がないと、このような元気を発信できるようなグラフィックは作れません。それだけ自己肯定感は重要なのです。

逆に言えば、そのような気持ちで作品を創り出すからこそ、華やかな風船演出がより一層元気の源になるほどのパワーを秘めることができるのかもしれません。そうして元気を分け与えることができた時、また一つ私の心の中でくす玉がはじけ、新たな元気の源になるのでしょう。

最後におまけ

このような動画も私が制作しています。はじける瞬間をたくさん集めています。

はじけろ!元気玉

こんにちは。

最近休みが変則で、土日出勤が多いです。

そのような最近の不規則な休みの日に、続けて曼荼羅画を見る機会がありました。

曼荼羅画には、キラキラしたパワーがあり、そのパワーはスパークバルーンに通じるものがあります。いずれも万華鏡の中身を創り出すようなもので、神秘の力を秘め、多くの人たちに感動を与えられます。

万華鏡を膨らませるイメージ

万華鏡を膨らませるイメージ

万華鏡を膨らませるイメージその2

万華鏡を膨らませるイメージその2

このように、曼荼羅画に触発されて、自分が生命を吹き込んだ風船たちでグラフィックを作りました。

そして、この万華鏡グラフィックに必ず入っているのが、

パーンとはじける瞬間を表現したこれ

花火のようにはじけるくす玉

花火のようにはじけるくす玉

先日、私が制作した作品集をとある方がご覧になられました。そして一言

見るだけで元気が出た

またしても私の中でくす玉がはじけました!

ぱんぱかぱーん!!!!

昨年、私は

くまさんのげんきだま

なる小冊子を制作しました。(画像をクリックすると小冊子の中身がpdfでご覧いただけます)

くまさんのげんきだま2016表紙

くまさんのげんきだま2016表紙

この世界観を表現しようとしたのが、昨年秋に制作したこれらの作品たち。

想いがはじける

想いがはじける

みんなの想い、そして私の想いを風船に託した作品たちです。

私が現在勤務している会社は、本業は放課後等児童デイサービスや訪問介護・訪問看護などの総合福祉事業です。その会社が、福祉という枠を超えて、感動を生みだしています。

昨年のこのイベントでは、見る人たちが元気をもらって帰ったそうです。今年も会場を訪れた人たちが元気を持って帰れるよう、すでに準備が始まっています。

そして私は、一つでも多くの風船に生命を吹き込み、その風船たちに想いを託して、元気を分け与えていきたいです!

曼荼羅画から元気を頂戴して、より元気を発信したくなりました!

そして、はじけるスパークバルーンは一人一人の心にいつまでも残る、元気玉になりつつあります…

カラフル&チアフル!

こんばんは。

一日で高速バスとローカルバスと船を駆使して、バラとやまなみと潮風をまるごと体験してきました。

さて、私が創り出した作品は、カラフルなものが多いです。

しかし、テーマカラーを決めた作品も数多く生み出しています。

カラフル&チアフル…ふうせんで伝えたい想い

カラフル&チアフル…ふうせんで伝えたい想い

このグラフィックはそのような作品を主体にして制作したものです。

他にも…

メインテーブル ウエルカムゾーン

 

 

これらは色を絞った作品の一例です。振り返ってみると、結構ピンク系が多かったですが、多すぎるので省略します。

そして、どの作品にも共通しているのは

風船が持つ本来の優しさ、美しさ、楽しさ、華やかさ、可愛さといったものを引き出している

ということです。客観的に見てそう思われているようです。

最近のバルーンアートの作品の中には、

これ、風船でなくても…

というものもみられるようです。逆に風船でできているから、見るものに感動を与える、という見方もできます。

しかし、私は風船の持つ本来の優しさ、美しさ、楽しさ、華やかさ、かわいさというものを大切にした作品を作っていきましたし、これからもそれを生かした作品を作っていくつもりです。

私は細長い風船で作品を作ると、生まれつきの不器用さもあって、どうしても売り物にする作品を作れません。バルーンドレスを作ったことも実際ありますが、とてもプロといえるレベルとは言えません。

しかし、風船の持つ本来の優しさ、美しさ、楽しさ、華やかさ、かわいさといった物を引き出す力は、焼きが回ったといえども、まだまだ十分あります。

そして、

風船に対する想いは日本でも有数だと思いますし、だれにも負けないと自負しております。

だからこそ、風船でいつまでも心に残る感動の瞬間を創りだすことが今なおできるのだろうと思います。

私は一度だけ、自分で自分のために作品を作ったことがあります。

 

 

これを制作したのは、私の40歳の誕生日のことでした。

私の想いがいっぱい詰まった風船たちを、ぎっしり60個ずつ詰めました。

赤系、緑系、青系とまとめ、カラフルなのも交えています。

それらが一斉にはじけ、600個の風船が一つに溶けあう…その時に生まれる感動。

後にも先にも、自分のためにスパークバルーンを作ったのはこのときだけです。

私はこれまで述べてきたとおり、「自分へのご褒美はうぬぼれだ」と感じていましたが、このときばかりは30代から40代へと移ろう時期で、何か思うところがあったのかもしれません。

そして、この感動の瞬間を伝え、広め、分け合い、さらなる感動を生み出す…という想いで、動画にまとめていました。

これはスパークバルーンがはじける瞬間だけを1分余りの間に30個集めた動画です。いかに私がこの感動の瞬間をこよなく愛しているか、端的に表している動画です。

私は額に汗して、時には涙も流しつつ、大きなスパークバルーンの中に一つ一つの風船を膨らませています。

一つ一つの現場は緊張の連続です。すべての力を注ぎます。しかし、この緊張感も好きです。

そして、私の想いにみんなの想いが重なって、スパークバルーンがはじけた時、風船に生命がやどります、いつまでも心に残る感動となって。その時、私は体中を突き抜ける達成感に満たされます。

この仕事が私は好きなのです。心から愛しています。

そして、そこから学び取ることはとても多いと私は思います。とりわけ、自信を失っている人たちにとっては。そこから「自分もできるんだ」という想いにつなげていくのが、今の私の仕事なのです。

笑顔と感動を生み出す原動力とは?

こんにちは。

前の投稿からの続きです

私は常々

くす玉のような存在になりたい

ということを公言してきました。

そして、その思いがかなった時、

私自身がくす玉のごとくはじけ、体中を突き抜けるほどの感動と達成感を味わいます。

そのような経験をすることができる今の状況自体、幸せであり、素晴らしいことなのかもしれません。

そのような経験を、先日久しぶりにすることができました。

自動車のショールームの空間装飾

自動車のショールームの空間装飾

ママズフェスタ空間装飾

ママズフェスタ空間装飾

外から見た様子

外から見た様子

イベント出店の様子

イベント出店の様子

上から見た様子

上から見た様子

下から見た様子

下から見た様子

メインにはシンボル的バルーン

メインにはシンボル的バルーン

風船プール

風船プール

この風船プール、子どもたちのはちきれる笑顔が印象的でした。

これだけでも感動する方々が続出しました。が、これだけでは終わらないのが私。

サプライズに仕込んだ風船

サプライズに仕込んだ風船

サプライズを用意しました。ここからは自分自身は撮影できなかったので、主催者の方のフェイスブックから引用した画像です。

サプライズの風船が…

サプライズの風船が…

はじけた!

はじけた!

舞い降りる風船たち

舞い降りる風船たち

その場に居合わせた人たちすべてを感動させ、笑顔にした、私が生命を吹き込んだ風船たち。

全ては一つ一つの風船に生命を吹き込むことから始まります。

ピンクの風船たち

ピンクの風船たち(準備中)

私が一つ一つの風船に生命を吹き込み、汗まみれになって、時には涙を流してまで、創り上げる作品たち。

その風船たちは、やがてしぼみます。

しかし、その風船たちは、いつまでも忘れることのできない感動と笑顔をもたらして、その生命を全うします。

その風船たちに生命を吹き込むのが私の役目。その風船たちには、私の想いがいっぱいつまっています。そして、その思いが大輪の華を咲かせた時、私のくす玉がはじけるのです。

その風船たちに想いを託す、ということがすなわち私が笑顔と感動を与えることができる原動力なのかもしれません。

想いをカタチにしていく…

このような機会を与えてくださった広島トヨペット、CLiP広島のみなさん、P-BERRYのみなさん、そして有限会社リラックスの皆さんに大変感謝しています。

 

ゴミとお宝は紙一重

こんにちは。

ゴールデンウィークから多忙な日々でした。

そんな中、昨年秋に幕を閉じた「三次蔵プロジェクト」。この最終回の様子などが小冊子となって発行されました。

実は初回、2008年と2017年のテーマが同じでした。それが見出し。

ゴミとお宝は紙一重

小冊子「三次詣で Vol.3」より私が手掛けたバルーンのページを抜粋しました。

11インチのドット模様入りバルーン

 

ツイストバルーンのパラソル 舞い降りた風船とハイポーズ

クライマックスのバルーンリリース 10年分の想いを乗せて舞い上がる

このイベントの様子の写真を再度アップいたしました。

ところで、この「ゴミとお宝は紙一重」という言葉、人材活用、とりわけ高機能自閉症など(いわゆるアスペルガー症候群など)の発達障がいを抱えている人にとって、的を得た言葉である。

高機能自閉症にもさまざまな例があるが、とりわけ「アスペルガー症候群」と通称されるケースでは、周囲の人がその人の活躍できる場を提供できるか否かによって、その人の人生に天国と地獄ほどの差が生じる。

まず、その人が本当にどのような才能があり、どのようなことが好きなのかを見極める必要がある。その才能を引き出すのが、障がい者サービスに従事する指導員の役目なのである。これは就学前の児童発達支援から、障がい者雇用に関わる人たちまで、幅広くあてはまる。

その一助として私が制作したのが

くまさんのげんきだま2016表紙

くまさんのげんきだま2016表紙

この「くまさんのげんきだま」という小冊子なのである。

画像をクリックすると小冊子の内容をpdfで見ることができます。

私が目指しているのは…

風船を通してもたらされるものは笑顔であり、感動。

それを生み出す経験を通して、その人に自信が身に付く。

身に着けた自信をもとに、不登校やひきこもりやニートから脱却し、社会参加のきっかけをつかむ。

というもの。

私が所属している会社もそのような就労支援を立ち上げることを目標にして、今動いている。その中心に私がいる。

だからこそこのようなイベントもやる。

 エントランス

想いがカタチになり、そしてはじける

これは昨年2016年11月3日の「夢フェスタ2016」の画像。今年2017年も11月3日に同じマリーナホップのイベントホール「マーメイドスペース」で開催します。

正直私がどん底まで転落してもなお、ここまでやってこれることができたのは、今の会社に出会ってからのこと。今私が所属している会社は、まさに

ゴミをお宝にした

のである。伝えきれないほどの御恩があり、大変感謝している。

そして先日も、さらなる感動を生み出すことができ、そして私自身、突き抜けるほどの感動を味わうことができた。

ピンクの風船たちこのピンクの風船たちが…

ママズフェスタ空間装飾このような空間装飾になったのです…

そしてその作品たちが、とてつもない感動をもたらしたのです…

このときの様子はこちら

 

今はじけようとする勢い

こんにちは。

今、広島では桜吹雪。少し標高の高いところでは見ごろ。そしてさらに標高が高いと、

今にもはじけそうなつぼみ

今にもはじけそうなつぼみ

このように、今にもつぼみがはじけそうでした。

この状態の桜が私は好きなのです。なぜなら

  

  

  

  

まさに「はじける前のスパークバルーン」に通じるものがあるのです。

そして、はじけた時、最高の感動をもたらします。

桜吹雪

桜吹雪

こちらは桜吹雪の様子。日本各地いたるところで今日は桜吹雪でした。

  

  

  

  

私が生命を吹き込んだ風船たちが花開く瞬間(とき)です。

この瞬間、その場に居合わせた人たちにいつまでも心に残る感動をもたらします。

そして、私自身、自ら考えだしたバルーン演出が成功して、あたり一面に驚きと感動の歓声が広がった時、体中を突き抜けるとてつもない快感を感じます。

ところで、私はまさに今、

くす玉のような存在

をめざしているのですが、このブログをご覧いただいている方はご存知かと思いますが、私は自閉症の一種である、いわゆるアスペルガー症候群を抱えています。これは一種の先天的な発達障がいで、特定のものに多大な関心を示す半面、コミュニケーションや対人関係に困難な問題をきたしているものです。最近まで障がいとして認知されず、単なる「変わった人」と思われている程度でした。社会が高度情報化し、コミュニケーション能力絶対化の流れであぶりだされた障がいといわれています。

逆に言えば、アスペルガー症候群と診断されるほど、私は特殊な人だったのです。

バルーン業界自体がコミュニケーション能力と手先の器用さが求められる業界に変化し、私は立ち位置をなくして引退に追い込まれたのですが、そのような悪条件をはねのけてでもこれだけのものを築き上げてきて、今もなお「くす玉のような存在」を語ることができること自体が素晴らしいことであり、そのような環境を用意してくださっている今の会社には大変感謝しています。

私の生きざまを小学生低学年程度の子どもたちでも理解できるように噛み砕いた小冊子が

くまさんのげんきだま2016表紙

くまさんのげんきだま2016表紙

これです。(画像をクリックもしくはタッチするとPDFが開きます)

自閉症の子どもたちも、対人関係に悩む若者たちも、何か一つ人生を賭けるほど好きになるものを見つけて、それをものにするように努力すれば、絶対その人は大輪の華を咲かせることができるのです。

それを周囲の人たち、とりわけ両親は暖かく見守り、時には支えることが必要です。厳しいしつけなどで押さえつけて(=押し付け=お躾)、無理やり型にはめようとすることなどもってのほかです。

私は長年、今の北広島町、大朝というところに工房兼住居を構えていました。工房といっても掘っ建て小屋レベルなのですが、周囲には豊かな自然がありました。その自然と人情と温泉で、私は常に癒されていました。

その自然の息遣いの中で、つぼみが花開くのをたくさん感じてきました。その時の植物たちのパワーもまた、私の創作意欲を掻き立てていました。

普通の人はそこまで感じないのですが、私はそう感じます。アスペルガーゆえそう感じることができるのかもしれませんが、だからこそ多くの風船に生命を吹き込むことができ、多くの作品たちを生み出し、多くの感動の瞬間を創ることができたのかもしれません。そして今もなお、

「風船の話をするとものすごいパワーを感じ、元気になることができる」

とまで言われ、それがすなわち私が目指すところである

くす玉のような存在

になっているのかもしれません。その姿を見て、同じ障がいに苦しむ子どもたちや若者の目指すべきものを感じて学び取れるからこそ、今の自分があるのではないかと思います。