おはようございます。
なんだか
すごくいいことを書いているような記事がありました。
詳細はリンク先を読んでいただくとして、
頑張っている自分自身の今をお祝いすべく、
かつてもがき苦しんでた自分に向かってくす玉を割って激励してあげましょうよ。
というようなことが書いてありました。
そうすると、
来年の今頃、今日のあなたに、パンパカパーン!とくす玉ハグつきのお祝いが降ってくるんだじぇーい!
(上記ソウスより引用)
そうです…
そういう私ですが、
どうして風船の世界にこんなにどっぷりとはまってしまったのか…
理由はいろいろありますが…
1995年の私は、ギャンブルしか趣味がありませんでした。
職場では今で言ったら「パワハラ」に苦しみ、当時の彼女とは別れさせられ、ボロボロでした。
そんな私が「エミリーズバルーンアートビジネススクール」を知ったのが1996年3月。
…一番言えるのはこれでしょう。
私があこがれていたのは、この瞬間でした。
画像は「帝釈峡湖水開き」のものです。
とどのつまり、
くす玉のはじける瞬間に魅かれて、この感動をいつか自分の手で作り上げたい
と思い、風船の世界に入ったのです…
この画像は、2009年の「帝釈峡湖水開き」のもの。
正直いい出来とは言い難かったが、安全に配慮した結果の最善の結果でした。
これ以上のものをつくろうとしたら、危険を冒さないといけませんでした。
その後紆余曲折を経て、今では200~300個ぐらいのバルーンを画像にある竜の模型のついた船からリリースする形になっているようです。一度2000個のバルーンを船からリリースするという案が出て、私がテストを行ったのですが、「転落の危険あり」と判断して止めた経緯があります。その時の記事はこちら
しかし、私はそれ以上に、無数の数えきれないほどの最高の瞬間を、自らの手で作り上げてきました。
余談ですが、「帝釈峡」は広島県庄原市東城町と神石高原町の境界にあります。
偶然同じ町の別々のイベントの画像が並ぶ格好になりましたが、
私は結果、1997年から2013年までの16年間の間に、数知れないほどの無数の風船に生命を吹き込み、あまたのいつまでも心に残る感動の瞬間を作り上げてきました。
失敗したときは本当に悔しく、奈落の底に落ちたような気持になりますが…
成功したときの快感は
とにかくたとえようのないものでした…
これ以上の快感はない、というほど…
で、ここからが本題。
今日は若い人たちへのメッセージです。
特に発達障害・ニート・ひきこもりに苦しんでいる人たちへのメッセージです。
あるいは、今もがき苦しんでいる人たちへのメッセージになるかもしれません。
確かに今、あなたはもがき苦しんでいるかもしれません。
しかし、その苦しみがやがて大輪の花を咲かせる時が来ます。
そして、その時が来た時、
かつてもがき苦しんでいた自分に向かって
くす玉をはじけさせてみてください。
あるいは、少しでも進歩していると思ったら、
今、かつてもがき苦しんでいた自分に向かって、
くす玉をはじけさせてください。
そうすることによって、とてつもない大きなくす玉をはじけさせることができるでしょうし、その時、自分自身は大輪の花を咲かせることができるでしょう。
確かに「くす玉」のはじける瞬間は一瞬です。
しかし、その一瞬がいつまでも多くの人々の心の中に残る感動になります。
そういう瞬間を私は創りあげてきました。
このグラフィックは、すべて私が創りあげた感動の瞬間だけで構成されています。
あるいは、48ページにも及ぶ私の作品集を一つ一つ見て下さってもよいでしょう。
はたまた、YouTubeのY’s Dreamの動画集を見ても構いません。
2013年までの作品集
あの作品集や動画集を見た人は例外なく
とても素晴らしいものを見させていただいた
感動した
と言ってくださいます。
その時、やはり私の心の中で「くす玉」がはじけます。
ここ数か月、私は完全引退も考えました。
しかし、プロとして引退する方針に変わりはありませんが、「完全引退」はしばらくはしないことにしました。
私がこれからすべきことは、
このようなとてつもなく素晴らしい経験を、発達障害や精神障害、ひきこもり、ニートに苦しむ若者がチャンスをつかむために生かしていく
ことだと思っています。
私が生命を吹き込んだ風船でもたらされたものがいかに素晴らしかったかを、この週末、改めて痛感しました。
だからこそ、やめるわけにはいかない、と思いました。