6年間を振り返ると…

こんにちは。

6年前、2013年の今頃…

「もう2度と風船を膨らませることはない」

という決意をしていました。

ところが…

2015年の作品たち

再び私は風船に生命を吹き込むようになりました。

2017年の作品たち

障がいのある人たちが自信を身に着け、自立して社会生活を送る手助けとしてのバルーン。

自らが新たな創造や表現をするのではなく、次に続く世代が新たな創造や表現をしていく手助けをしていく必要がある…

私の立ち位置は、大きく変わっていることを改めて痛感した一日になりました。

その中でできること…

私のバルーン、風船に対する思いを、同じ障がいに苦しんでいる人たちや、次の世代を担う若者や子供たちに伝えていくということ…

2016年12月のブログの記事に、このようなことを書いていました。

その想いは、2015年の実質活動再開以降、変わっていませんが…

 

この動画は、自分で制作したものです。一緒にイベントに参加された方が撮影したものをいただいて編集しました。

このバルーンショー、大したことをやっているつもりは本当にないのですが…

すごーい!

という声が聞かれました。

これで「すごい!」と思うのなら、これはどうなるのでしょうか…

自分自身でも、これを成し遂げたことは「すごいこと」だと思っていますし、誇りに思っています。

そして、これを成し遂げたことによって、正直いつ引退してもかまわない、とさえ思えるようになっているのが本当のところなのです。

今私は、「介護職員初任者研修」を受けています。すでに実技研修も後半に入り、提出課題はすべて終了、実技試験(口頭試問含む)と学科試験も近づいています。この研修を受けている理由は今後本格的に展開を予定している高齢者及び障がい者・障がい児向けのバルーン教室の活動に生かすのが最大の目的であり、2017年に取得した「レクリエーション介護士」の資格だけでは片手落ち、不十分であることを痛感したということが最大の理由なのですが、状況がより厳しくなった際に、完全引退してほかの仕事をする際の資格活用という理由もあります(というより、両親はこれを望んでいる、それゆえややこしい状況が起きている。このややこしい状況は6年前と全く変わらない。それもこれも、本当の原因に両親が向き合わず、臭いものに蓋をしようとするからだ)

ボランティア活動では、このようなこともしました。正直これだけのことをするのに、10万円程度お金がかかっています。先述の「ふうせんまつり」用に確保していた資金を充当しました。

それでもなぜ、私はこのようなことをするのでしょうか…

私が生命を吹き込んだ風船たち、私が創り出した感動の瞬間たちが、数多くの笑顔の華を咲かせている

からなのです。言い換えれば

感動の瞬間を創り出すことができた時、私は天にも舞い上がるような達成感と高揚感を感じることができる

のです。実際、「ふうせんまつり」では、「すごーい!」「やばい!」といった絶賛の言葉のみならず、「おめでとう!」という言葉までもが飛び交っていました。

自己否定の塊だった私が、自分自身に対して「おめでとう!」ということができるまでに回復し、次の段階に踏み出すまでに至ったのがこの6年間だったのかもしれません。

参考までに6年前、2013年はこのようなことを思っていました。

(復刻)正直なところ…私はもう風船は見たくない

いかに当時、自己否定の塊だったかが分かります。しかも当時のブログには、もっと過激な内容が…(とてもここでは述べられません)

それを乗り越えて編み出されたのがこちらです。

これを見れば、私にとって風船たち、とりわけスパークバルーンやバルーンクラッカーといったものは、

くす玉に入っているのは風船や紙吹雪やリボンだけではない

ということが分かります。私の想い、努力、さらには汗や涙といったものまでがぎっしり詰まっています(現実には汗や涙は入っていませんが)。それらが大輪の華を花開かせ、多くの人に感動を与えている…という事実。だからこそ、「ふうせんまつり」のフィナーレで創り出すことができた感動の瞬間に、「おめでとう!」という言葉が飛び交ったのでしょう。

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