風船屋という「職業」について思うこと

こんにちは。

今日は本題の前に、「くす玉」の語源の話。「くす玉」はもともと

縁起物

だったのです。そしてさかのぼれば、平安時代の端午の節句の厄除けの飾り物として「枕草子」にも登場する、由緒あるものだったのです。もっとさかのぼれば大国主命(オオクニヌシノミコト)が薬の神様であり(その由来については出雲神話にもある)、その大国主命を祭る大神神社から新しい酒ができた際につるす杉玉を賜り、「酒は百薬の長」ということから「薬玉→久寿玉」となり、縁起物、厄除けの意味合いが強くなったそうです。それが明治なのか大正なのか不明ですが、門出の席での縁起物となり、進水式などに用いられるようになったそうです。以前呉市にある「大和ミュージアム」で進水式の歴史に関する展示があり、見させていただいたのですが、戦前に圧縮空気を使った紙テープや紙吹雪噴射装置を使った進水式が行われていたそうです。確か「蒼龍」という航空母艦の進水式(1935年=昭和10年)の進水式だったと思いますが、そのような記述がされた資料がありました。

これが戦後、1955年(昭和30年)ごろにはNHKの「紅白歌合戦」で使用され、1963年には「アップダウンクイズ」(MBS=毎日放送)で使われるようになります。そこから時代が流れ、平成にはキャノン砲と呼ばれる機械式クラッカーと現在スパークバルーンと呼ばれるものに進化していきました。1995年(平成7年)の「紅白歌合戦」ではステージの上に巨大な風船をセットし、それがフィナーレにはじけ中から小さな風船が無数舞う光景が見られたようです。

他方、当時一般的ではなかったスパークバルーンを「くす玉バルーン」として売り出し、多くの人に広めたのは実は私が最初で、2000年にはすでに全国宅配をしていました。運送会社によっては扱いに慣れていないのか雑すぎてトラブルが多かったりもしましたが、1球1万円前後で全国に宅配できるサービスは大変な好評をいただき、廃業する2013年まで数多くの笑顔の華を咲かせてきました。今は運送業界が人手不足に陥り、加えて送料単価が大幅に上昇したため、宅配が難しくなってしまいました。

どうしてこのような話をしたのか、といいますと、すぐ近くに「縁起物の店 AMULETMARKET」というのがオープンしたのです。早速見に行ったのですが、

もう少し早く知っていれば…

という話になりました。オープンの際に「くす玉」を使いたかったそうです…

というわけで、来年オープン1周年の際には「くす玉」をバルーン装飾付きで持ってきます!

で、ようやく本題。

とある方が

中高生の進路決定の際に、子どもたちの{知らない}をなくし、進路にビジョンをもって決められるような教育サービスを創りたい

という想いをSNSに記載していました。これを見て、私は自分の高校生時代を思い出したのです…が、それが

何もないスカスカの高校時代

だったのです、私は。高校を「大学進学のための予備校」と割り切っていた私は、

大学に入ってから具体的な進路は決めればよい

と考えていました。そのため、せっかくいただいていた生徒会役員の話(「文化委員長」だった)も断り、部活にも入らず、漠然と受験勉強をしていました。何しろ当時は

1浪は当たり前、2浪も珍しくない

という受験地獄。当初は早稲田だの明治だのはたまた立命館だの、有名私立に進学したかったのですが、合格したのは国公立大学2校。しかし進学した大学で様々な出会いに恵まれ、そこそこ都市だった(福岡へはすぐに行ける距離にあった。当時の福岡は「第二次天神流通戦争」が始まったころ。その後大阪や名古屋に匹敵する都市になるまでに急成長を遂げた)こともあり、退屈なこともなく、大学生活は充実していました。

そして就職活動に入るのですが、私は「安定志向」「大企業志向」でした。ただ、業種は決めていて、最初は旅行会社を志願していました。ところが体育会系の風土から「これは違う」と思い始めていたところに鹿児島県加治木で起きた高速バス事故。私はバス会社を志願するようになり、方向転換。結果バス会社に入ったのですが…

パワハラに派閥争い…私はギャンブルに溺れてしまいました。これが25年前、1995年、平成7年のこと。さらにギャンブルだけではなく、新興宗教にまで足を突っ込んでしまいました…

その私の目の前に舞い込んだのが、一枚のチラシ。そこには

バルーンアートスクール受講生募集

とありました。締め切り日ギリギリに申し込み、初級と中級だけ受けたのが1996年4月。当時は

バルーンを職業とするのは難しい

と考えていたのですが…結果は

天職

になってしまいました。

しかしなぜ、このようなことが許されていたのでしょうか…

今は遅くても高校1~2年生までに将来の進路を決めなければ厳しい

と私は考えます。大学にしても専門学校にしても、将来の進路をしっかり決めて受験勉強をすることが求められています。そして就職活動では、それまでの躾けられ方、育てられ方、生き方から人生のビジョンまでが総合的に問われるようになりました。

私はもともと安定志向、大企業志向で、公務員になろうか、とも考えていました。現実問題、システムがしっかりしていた会社(西鉄や広電、両備など)にいた場合、会社についていく、という選択をして、バルーンアーティストになることを考えなかったと思います。たまたま入った会社が当時はその場しのぎの経営をしていて、派閥争いも起こり(その結果パワハラが起きたり、地方議会のごたごたに巻き込まれたりした)、結果

この会社にいても地域社会に貢献できない、むしろ体で覚えた風船の楽しさや美しさや華やかさを伝えていった方が社会に貢献できる

と考えるまでに至って、プロのバルーンアーティストになったのです。

ただの風船が大好きなおっさんが多くの人に夢と感動と希望を与えるアーティストになった

のは、実は一種の結果論だったのです。その背後では、たくさんの汗と悔し涙を何度流してきたことか…その分、何ともいえない天に舞い上がるほどのものすごい達成感や高揚感も味わうことができましたが。

現在の小学生のうち約65%の人たちが今存在しない職業に就く

といわれる時代になっています。バルーンアーティスト、バルーンデコレーター、バルーンパフォーマーといった職業は、それこそ1990年代後半に職業として認知され始め、今では立派な職業として成り立っています。しかしながら今でも、バルーンの市場の成長が供給の増加に追い付いていないのが現実です。

他方、発達障がいは早期診断、早期支援、早期療育が求められる時代になっています。スクリーニングは必要でしょうが、ASD(いわゆる「アスペルガー」、私はこの部類に該当)やADHDといった、学習障害を伴わない発達障がいについては、その人の個性を尊重して伸ばし、ほめる教育をすれば、本人の適性に合った分野で大きな成果を残すことができるまでに成長すると考えます。ただし診断は3歳ぐらいからが良いです。あまりにも早期診断が過ぎますと、誤った療育が行われたりして、子どもの可能性を摘み取ることにつながります。

あと、親の意識です。私の両親は残念ながら「行き過ぎた躾」に走ってしまいました。昭和の時代は「きちんと」した子供に仕上げるのが良い親、とされていたのですが、これはもう求められていません。引きこもりになった50代を80台の両親の年金と財産で面倒を見る、という「8050問題」がクローズアップされていますが、これは社会変化から取り残された家族の悲劇です。私もそうなりかけましたし(今私は「ひきこもりニート」になっているが、これは例のウイルス問題の影響を受け、やむなくそうしている)、親はいまだに「きちんと」した子供であることを私に求めています。もはやどうしようもない、と私は考えており、諦めているのですが。

私の人生で暗黒時代なのは、高校生時代と、過労によるうつを発症し廃業に追い込まれた2012年5月~2014年2月でしょう。後者は文字通りの「暗黒時代」なのですが、前者は

選択を誤ったが故の暗黒時代

です。正直高校生時代はいい思い出が少ないですし、高校生活は失敗でした。その分を大学でかなり取り戻せたので、何とかなりましたが。

あと、大学生時代に一度、東京で思いっきり遊んでみる、ということをやったことがあります。大学1年生の後期が終わったころ、当時できたばかりの「日本最長の豪華サロン付き高速バス」を使って1週間上京し、八王子の格安ビジネスホテルに滞在して(当時はウイークリーマンションは割高だったし、「東横イン」のような比較的安くて安心なビジネスホテルチェーンもなかった)、東京や横浜などを歩き回ったこともあります。東京ディズニーランドもその時初めていきましたし(その後もう1回しか行っていない、「シー」はいまだに一度も行っていない)、当時全国でも東京に2軒(うち1件は広尾、確か「仙台坂下」のバス停前にあった、今も西麻布で続く{タキシードベア}である)だけあったバルーンショップの両方を訪れました(もう1軒は渋谷のセンター街の近くにあったが、早い段階でなくなった)。結果、「東京に住まなくても…」となり、以後平成が終わるまで「東京は遊びに行くところもしくは用事があるときに通うところ、住むところではない」という考えになりました。インターネットの普及・高速化で東京に住むメリットもあまり感じなくなっていましたが、プロのバルーンアーティストとして活動していた2000年代の10年間、厳密にいえば1998年ごろから2011年ごろまでは年に複数回東京へ出張していましたし、東京都心及びその周辺のウイークリーマンションを必要な時だけ借りて拠点にしていました。東京に関する記述は本題から外れるし、当分東京に行く必要はなさそうなので、このあたりで終わりにしましょう。

風船を見ることが少なくなっている、という現実

こんにちは。

例のウイルスは日々展開がそれこそコロコロ変わり、全く先行きが不透明になってきました。巷では「GoToキャンペーン」なるものも企画されていますが、これは旅行業を救済することに主眼が置かれています。よって、旅行会社を通さずに自分で各宿泊施設自前のネットサイトなどを利用してホテルを予約した場合、各自治体が用意した割引クーポンを活用する場合を別とすれば、全く何も割引されないという矛盾が生じるようです。複数のビジネスホテルチェーンから超高級旅館までいくつか調べてみましたが、予約はあくまでも旅行代理店経由’(じゃらん・楽天トラベルなどのネットサイト含む)でないと割引にならないようです。私は「そんな予算は執行中止して、医療従事者・介護従事者の待遇改善に回せ。並びに持続化給付金の対象から外れた人たちの救済に当てろ」と考えています。加えてJR各社を中心に「運賃大バーゲン」みたいなことが行われています。通常ならあり得ない価格で結構遠くまで行けるという状況です。

※現実には、STAYNAVIというサイトが立ち上がり、そのシステムを利用することによって自前のネットサイトを利用しても同等の割引を受けることが可能になった(2020年10月追記)

しかし、私はこのような甘い誘いには乗らないことにしました。

自分が新型コロナウイルスに感染しては元も子もない

からです。

なぜ私はこのような決断に至ったのでしょうか。理由は

バルーン、とりわけゴム風船をはじめとした風船たちの持つ独特の人々に高揚感を与える素材の質感や色彩、触感、そして空気感といったものは映像だけで伝わるものではない。そのような五感で感じ取ることができる感触こそがこれからの社会を生きていくにあたって必要とされている「達成感」「自己肯定感」といったものをもたらすことができるのであり、長年こよなく愛し続け、生業とし、携わってきた私はそれを多くの人に伝え、広め、体感させていく責務がある。そのような責務がある私が感染源になっては自らが果たすべき責務を果たすことができなくなってしまう

という結論に至ったからです。

こういうのを人は

プロ意識ないしは職業倫理意識

といいます。

私が最近つくづく思うのは

医療従事者並びに介護従事者はかつてないほどの職業倫理意識の高さが求められている

という現状に今置かれているのでは、と考えているのです。医師及び看護師は言うに及ばず、すべての医療従事者及び介護従事者はかなりの社会的行動制限下に置かれています。

施設管理者は家族の面会を禁止する前に、職員自身が感染しないように私生活も含めて徹底した感染防止の指導をしなければなりません。職員の私生活に踏み込むことを躊躇する管理者がいましたが、これは職業倫理の問題です。今後感染源不明の感染が拡大するという状況において、遊園地やカラオケに行く医師や看護師はいません。人の命を預かるという職業ですから、私生活でも自らの行動を律するのは当然です。(「週刊高齢者住宅新聞2020年3月1日付 安全な介護 山田滋氏」より引用)

平時、すなわち2020年2月中旬までは介護従事者の仕事とバルーンアーティストとしての活動は両立可能でした。事実、介護福祉士をしながらバルーンアーティストとして活動していた人を私は複数知っています。私は当初それを目指して、再就職活動をしていました。ところが2020年3月以降、状況は日に日に悪化し、ついには複数の福祉施設でクラスター感染が発生。医療・看護・介護・福祉の現場は「戦場」と化してしまいました。

こうなると状況は激変。本来ならば国家による大幅な待遇改善が必要なほどだと私は思います。昨年(2019年)私は「介護職員初任者研修」を受けましたが、実技などを通して介護職員に求められるものが技術面から意識に至るまで高くなりつつある現状を実感しました。そのために私は介護の基本を仕事をしながら学ぼうと再就職活動に取り組んだのですが、半年余りの間に環境が激変してしまいました。もはや私のような初心者は足手間どりになってしまう現状を痛感し、加えて内定取り消しに近い状況も発生して、悩んだ末私は介護職への再就職活動を断念しました。

それだけ医療・看護・介護・福祉関係の職場では、徹底した私生活の制限を含む高い職業倫理意識が求められるようになっている現状があります。このため私は

老人保健施設やデイサービスをはじめとした高齢者施設やそのほかの各種福祉施設に風船を持っていきたくても行けない

という歯がゆい現状に置かれています。

それだけではありません。

どうも最近、風船を目にする機会が全体的に減っている

ような気がするのです。実際インスタグラムのストーリーズを使ってアンケートを取っているのですが、「風船を目にすることが少なくなった」という声が圧倒的に多いです。イベントやブライダルといった需要が激減しているのはわかるのですが、全体的に需要が落ち込んでいるのではないか、という印象が否めません。ネットニュースなど各種サイト、さらに各種SNSで検索をかけても、件数の落ち込みは明らかで、全体的かつ大規模な需要低下が起きているのは間違いないようです。

一方で、私がこの3月から5月までの3か月間毎日続けてきた「風船の過去作品及びバルーングラフィックの作品のアップ」は大きな反響を呼びました。「元気が出た」「少しでも前向きな気持ちになれた」という声が多く寄せられました。「これしかできることがない」と思い、継続したのですが、見えてきたのは

楽しいことに飢えている

という現実でした。だからこそできることがある、と私は考えていますが…

一番怖いのは、

風船のニーズが消失してしまう社会に変化する

ということです。このことはすなわち

社会に余裕が全くなくなる

ということであり、言い換えれば

戦時中と同じ世の中になってしまう

ということです。

私は「イリュージョニスト」なのかも…

コロナウイルスに負けるな、という想いでこの動画を制作しました。1分間で55発!全部私が2008年から2020年の間に手掛けた作品たちです。

 

こんにちは。

以前も似たような投稿をしました。

私は「イリュージョニスト」なのかもしれない

感動を生み出す手

バルーングラフィックでも、自分を作品の中に取り込んだのは数少ないです。

その中で思うのが、

私はアーティストであると同時に、イリュージョニストである

ということです。

決して「デコレーター」や「芸人」ではありません。「デコレーター」は「装飾士」であり、マーケティング等の計画を立ててそれを形にする人たちのことを指しています。「芸人」は、一種の「役者」であり、「俳優」「女優」「タレント」などと同じくくりになります。

ただし、「アーティスト」も「イリュージョニスト」もですが、これらはすべて「パフォーマー」のくくりには入ります。また、「マジシャン」から派生したのが「イリュージョニスト」とも言えます。勿論「マジシャン」も「パフォーマー」ですし、「アーティスト」の領域に入っている「マジシャン」も多いです。

アーティスト…無から有を創造する人(作曲・作詞などはこのくくりに入るほか、さまざまな分野に当てはまる人がいる)

イリュージョニスト…(大掛かりな)仕掛けを用いて、感動の瞬間を創り上げる(大がかりで豪華なマジックショーを創り上げている人たちのほか、花火師なども当てはまる)

しかし、

私は意識して、アーティストやイリュージョニストになったのではなく、気が付いたらそのようになっていた

のです。

本当に好きなことをとことん極め、好きなことに真正面から向き合い続けた結果、そこには数えきれないほどの笑顔の華が咲き誇っていた

のです。

ただ、これは将来の進路を考えている子どもたちや若者に伝えておきますが、

決して最初からアーティストやイリュージョニストを目指してはいけません。最初は「デコレーター」や「パフォーマー」を目指してください。「デコレーター」や「パフォーマー」はその道に進む際の基礎になります。勿論「デコレーター」や「パフォーマー」として一流になるという選択肢もありますし、そのような形で成功を収めた人もいます。

つらい時こそ笑顔を忘れなかった…新型コロナウイルスで分かったこと

こんにちは。

この数か月、投稿を控えていました。ネガティブな気持ちになることばかりだったからです。こちらでは投稿していましたが…

その間、何を続けていたのか…というと、

過去の作品を毎日インスタグラムにアップしていた

のです。2020年3月1日より90日ほど、本日(2020年5月27日現在)で102投稿、フォロワーはこの間に100人以上増え、500人を越えました。「いいね」の数もほとんどの投稿で最低20、多い投稿では50近くあり、同時アップのフェイスブックも合わせると、100近い「いいね」が集まった投稿もあるほどです。

これはいったい何を意味するのか…

それだけ私が生命を吹き込んだ風船たちによって元気づけられている人がいる

ということです。

この一連の投稿シリーズは2020年5月31日で終了することにしています。

応援してくださった皆様、本当にありがとうございました

元気を出そう…2月24日制作。新型コロナウイルス感染拡大が始まって、危機感を感じ始めていました。

Balloons Make Everyone Happy!…2003~2005年の作品をベースに、3月7日制作。古い作品だけを使ったバルーングラフィック。フィナーレのバルーンドロップの風船を見上げる笑顔の演者の皆さんの達成感は15年以上たった今も色あせません。

笑顔の華を咲かせよう!…2003年から2019年までの幅広い期間に咲かせた笑顔の華たちを集めた作品。私がどれだけ長い間にわたって笑顔の華を華開かせてきたかを物語っています。

頑張ろう、元気を出そう…3月20日制作。元気を出して頑張ろう、という意味で制作しました。

決してあきらめない!…4月18日制作。この時期、とてもつらかった。「それでもあきらめない」という想いを作品にしました。

笑顔を忘れないでね…5月1日制作。絶望感が満ち溢れ始め、それでも「笑顔を忘れないで」という願いから制作しました。

咲き誇る花々…5月3日制作。毎年開催される「ひろしまフラワーフェスティバル」が44回目にして初の中止となり、少しでもフラワーフェスティバルで届けることができる「夢、元気、感動、希望」を表現して制作した作品です。

おめでとうといえるひがくるまでみんながんばろう…5月5日制作。絶望している今こそ元気を出そう、という想いで制作しました。

笑顔の華咲け!…5月13日制作。まだまだ厳しい日々は続くが、それでも元気を出して頑張ろう、という想いから、過去の作品たちを今まで私が華開かせた大きなスパークバルーンたちにコラージュさせることで表現しました。

以上からわかるように、大半の作品が実は、自分を元気づけるために制作したものでした。

これらの作品を、過去の作品とランダムにしてアップしてきましたが、分かったことは

自分が20年以上にわたって好きなことに夢中になって創り上げ続けた結果、華咲かせることができた笑顔の華たちは限りなく無限だった

ということでした。そして、

私が生命を吹き込んだ風船たちによって創り上げられた作品たちが、今回のような苦しい日々を乗り越える糧として多くの人たちを元気づけることができた

という事実でした。

それだけのことができる自分がそこにいたからこそ、これだけのことができるようになったのです。

1年前の今頃、とてつもなく大きなくす玉を華開かせようとしていた自分がいました。ラストスパートの日々でした。その「とてつもなく大きなくす玉」は華開き、無数の笑顔の華が咲き、多くの感動と希望を、無数の風船と紙吹雪と共にもたらすことができました、たくさんの「おめでとう」と「ありがとう」に包まれて…

しばらく「ふうせんまつり」はできないと思います。あるいは、もうしないかもしれません。しかし、昨年の「ふうせんまつり」の準備に明け暮れた日々が、今年は丸々新型コロナウイルスとの闘いの日々になりました。これからも新型コロナウイルスとの闘いは続くでしょうし、一歩間違うと、もっと厳しい状況になるかもしれません。

しかし、夢をかなえたという経験は、生涯色あせることはありません。だからこそ、できることがあると考えます。それは
「夢をかなえるために如何にして生きるか」
ということを若い世代に伝えていくことです。
今後は「夢をかなえたからこそできること」を多くの人に伝えていく活動を主にしていく所存です。とりわけ発達障がいをはじめとした生きにくさに苦しむ子どもたちや若者に、「くす玉のひもを引っ張った時の達成感」を実感していただけるようなプログラムを開発していきたいと思っています。

 

今、自分には何ができるか

世界中が今、新型コロナウイルスによって、大変な危機に瀕しています。このままでは、世界が一変してしまうのでは、と思うほどの勢いです。実際私は、これまでの価値観や世界観が、社会の在り方が根底から変わる、数百年に一度の大変革に至るのでは、とまで思っています。

そのような中、私たち風船屋ができることは本当に限られています。そして、私は

この際だから、一度風船から離れてみよう

とまで思うようになりました。進んで風船から距離を置くなど、旧Y’s Dreamを廃業した2013年とは正反対の状況です。

その一方で、私ができることは、

過去のストックを使って、みんなを少しでも明るい気持ちにさせてあげよう

ということです。そういう想いで、私は過去の作品たちをアップし続けていますが、本当に多くの皆さんに見ていただけて、大変ありがたく思います。私の過去の風船たちの作品を見るだけで、現実に起きているつらいことを少しの間だけでも忘れることができるという声もいただいております。

こうしてみると、いかに私が積み重ねてきたことがすごいことだったのか、そして多くの人の心に感動を与えることができたのか、改めて思わずにはいられません。

だからこそできることがある、と考えています。

それは、

多くの人の中に眠っている「くす玉」を華開かせる手助けをしたり、きっかけづくりをしたりする

ことです。華々しく活躍することだけが、くす玉が華開くということではありません。どんな小さなことでも、自分の力でやり遂げたという達成感を味わっていただきたい、そのことがその人にとってのくす玉を華開かせるということになるのです。そういう手助けをこれからしていきたいのです。

たくさんのくす玉を作って、数えきれないたくさんの風船たちに生命を吹き込んだ結果、数えきれないほどの笑顔の華を咲かせることができ、ついにはとてつもなく大きなくす玉を華開かせることができたからこそ、これからは多くの人の心の中に眠っているたくさんのくす玉を華開かせ、笑顔の華を咲かせていくお手伝いをしていきたいのです。

その人がたとえ障がいがあっても、引きこもりになっていたとしても、周囲の人を笑顔にして、幸せにすることはできるのです。どんな人でも、心の中にくす玉が眠っているはずです。そのくす玉を見つけ出して、華開かせることで、どれだけの笑顔の華が咲くことでしょう…そういう生き方をこれから私はしていきたいと思います。

同時に、自分は嵐が過ぎ去るまでお休みさせていただきますが、状況が改善され次第、再び風船たちに生命を吹き込み、くす玉を華開かせていきます。くす玉を華開かせるために汗水流す姿そのものが、多くの人の心に伝わり、それぞれの心の中にあるくす玉を華開かせ、笑顔の華を咲かせることができるからなのです。

生命を吹き込んだ風船の数だけ、華開かせたくす玉の数だけ

笑顔の華が咲き誇る…

こんにちは。

先日とあるところで開催されたイベント。私は、企画・主催された方の想いに共感し、作品を制作し、バルーン演出も実施しました。

 

私はなぜ、風船に「生命を吹き込み」、「くす玉」を「華開かせる」のか…

そこに華咲く、たくさんの笑顔の華によって、達成感と高揚感と自己肯定感を感じることができる

からなのです。

もともと私は自己否定の塊でした。風船に接するようになってしばらくしてからもそうでした。常に上を目指し、ひたすら走り続けてきました。どこにもない感動を追い求めて…

鬱を患い、自分が発達障害であるとわかって、立ち止まりました。

そして、「やっぱり自分は風船が好きだった」というところから、再び歩み始めました。その結果たどり着いたところが、あの「ふうせんまつり」でした。あれが自分なりの答えでした。

自分の限界まで思いっきりやりたいことを極めたからこそ、見えるものがありました。そして、こう思いました。

次の世代にこの経験と想いを伝えていきたい

それが「くまさんのげんきだま」であり、「かじーのぱんぱかはじけるばんぐみ」なのです。

かつてのように、自己否定、自己犠牲ばかりを繰り返していては、見えなかったことでした。

ではなぜ、私が自己否定、自己犠牲ばかり繰り返していたのか…

親が厳しかった(いわゆる「毒親」に該当するほどだった…特に母親がひどかった、しかし母親を責めることはできない…なぜなら母親もまた被害者だったことが幾度にもわたる鹿児島(=母親の故郷)詣での結果、分かったから)というのが最大の理由ですが…

自分の価値を信じることが、一度壊れるまでできなかった

からです。こうなると「承認欲求」が強くなり、自己犠牲に走ってしまいがちになるのです。

このような子育ては国際的な競争に直面している今の日本の状況から見ても、してはいけません。昭和の時代のように、農村のような共同体の中で生きていける時代においては、「長い物には巻かれろ」的な教育でよかったのでしょう。同質性と調和が求められ、目立つといじめや村八分の対象になるくらいでした。そのような社会では、むしろ「厳しい躾」が求められていたのです…が、今はそういう時代ではなくなってきているのです。そればかりか、そういう「社会」というより「世間」という概念が、国際化と情報化が進み現代、日本の足を引っ張っているとさえ思います。

私は今後、風船で利潤を上げようというような考えにはならないと思いますし、そのような考えで風船に接するような状況になったら、本当に引退しようと考えています。あくまでも

私が風船たちに生命を吹き込み、笑顔の華たちを華開かせる対価として、お金を受け取る

という姿勢でいますし、それを忘れてはいけません。

 

バルーンにおける「ハーモニー」の位置って?

こんにちは。

昨年のことでしたか、ネットラジオ「ゆめのたね」の「かじーのぱんぱかはじけるばんぐみ」とは別に、地元のコミュニティFMの番組に出させていただく機会がありました。そこでお話しさせていただいたのが、

バルーンアートはある意味、スポーツのようなものだ

心、体、頭脳、すべて持てる力を注いで感動を生み出す…私はことあるごとに「流した汗と涙と、自らが生命を膨らませた風船たちの数を数えよ」といっています。感動の瞬間を生み出すために、たくさんの汗と涙を流す…一つ一つの作品が私にとって「真剣勝負」なのです。

スポーツといえば、陸上競技、水泳、野球、サッカー、ラグビー、ゴルフ…チアリーディングもダンスもボウリングもスポーツに数えられます。さらには「Eスポーツ」なるものまで登場しているようです。

そして、「個人競技」と「団体競技」に大きく分かれます。

基本的に個人競技…陸上競技、水泳、ゴルフ、ボウリング、馬術、自転車競技、格闘技(ボクシング・レスリング・柔道・剣道・空手・相撲・K1など、さらには「水上の格闘技」競艇も)etc

基本的に団体競技…サッカー・ラグビー・アメリカンフットボール・チア (チアリーディング・チアダンス)etc

両方の要素があるもの…野球(基本的に団体競技だが、投手など個人競技の要素も多く含まれている)

個人競技が基本の場合でも、「団体戦」があります。駅伝やリレーなどです。

一方、芸術の分野ではどうでしょうか。

まず、美術・工芸といった分野では明らかに「個人競技」がほとんどです。

一方、一概に言えないのが音楽の分野。

合唱や吹奏楽、交響楽は「団体競技」の要素が強いです。その半面、ピアノ演奏などは「個人競技」の要素が強いです。

こうしてみると、バルーンアートはどちらかといえば、「個人競技」に近いでしょう。しかし…「団体競技」になる要素も多分にあるような気がします。いい例がJBAN Conventionなどの大きな大会のスカラプチャー部門です。

私はかなり昔、18年ぐらい前のことですが、「スカラプチャー部門」のコンテストにチームを組んで参加したことがあります。しかし、そこで私はあることに気が付きます。それは

「総合的人間力」がないと難しい

ということでした。「総合的人間力」とはすなわち「人望」です。それが欠けていた私はかなり苦しみました。

「総合的人間力」には、「人と調和する能力」が大きな部分を占めます。調和は英語で言えば、

ハーモニー

です。ハーモニー…音楽の世界では重要なカギです。

音楽の世界では、この「ハーモニー」がとても大切です。なぜなら曲の中には、たくさんの音やメロディーがあり、また音楽を演奏するためには、たくさんの楽器や人が必要だからです。もし、いろいろな音がむちゃくちゃに鳴り出したり、演奏する人たちが自分勝手に演奏しはじめたりしたら、どうなってしまうでしょう?ですから「ハーモニー」は、音楽には絶対に必要なものなのです。大勢の人がいっしょに演奏するオーケストラでは、指揮者がハーモニーの番人です。皆でどんなハーモニーを作るのかを決め、ハーモニーが生まれるのを助け、それがより良いハーモニーになるようにします。

それなら、一人で演奏する時は、ハーモニーは関係ない?.いいえ、とんでもない! 不思議なことに、舞台の上の演奏家がどんなに上手に弾いていても、会場にいる皆さん一人一人の心とハーモニーが作れなければ、つまらない音楽しか生まれてきません。「ハーモニー」は、音の中だけでなく、私たちの心の中にも生まれ、響くものなのです。「ハーモニー」に一番必要なのは、オーケストラの人たちが、いつもおたがいの音をよく聞き、おたがいの「心」に耳をすましているからなのです。(東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」のサイトより引用)

バルーンに携わるものとしても、この「ハーモニー」は非常に重要です。

例えば、ブライダルでのバルーン装飾や演出。全体のテーマに合わせた色の風船を選ぶことが必須ですし、結婚式や披露宴自体が一種の「交響曲」なのです。感動の結婚式や披露宴を創り出すチームは、まさに「オーケストラ」なのです。たとえバルーン演出がシンバルのような存在だとしても、オーケストラの一員であることに変わりはないのです。

ましてや、さまざまなセレモニーにおいて、バルーン演出は大きなウエイトを占めることが多々ありますが、これらも一種の「協奏曲」であり、オーケストラの一員なのです。

これらのオーケストラの指揮を務めるのが「プランナー」や「プロデューサー」なのです。

よって、幅広い分野の勉強が必要になります。だからこそ、「個人競技」であると同時に、「団体競技」の要素もあるのです。同時に、「あらゆるものに心を澄ます」必要があります。

私のお気に入りの瞬間たち

では、同じ「ハーモニー」でも、人と人との調和、という点ではどうでしょうか。この点が「総合的人間力」につながるのです。

正直、これは幼少期が重要なカギを握ります。加えて、ASDなどの発達障害がある場合、幼少期に問題があると、「総合的人間力」が決定的に不足してしまいます。言い換えれば、幼少期の親、とりわけ母親の愛情が、大人になった時に「総合的人間力」の差となって出るのです。

100%相手のことを受け入れることによって相手のことを深く理解できる、という主張もあります。日本においては「自己否定」「自己犠牲」は長年「美徳」とされ、尊重されてきました。しかし、「自己否定」「自己犠牲」を繰り返すとどうなるでしょうか?「完全主義」になり、「強迫性障害」に陥ることが多々あります。私もそうでした。そうなると、「自家撞着」に陥り、精神疾患を引き起こす原因になってしまいます。

「自己否定」「自己犠牲」は「美徳」では決してないのです。

「自己否定」「自己犠牲」こそ「美徳」であり、生き方だと信じて疑わなかった私は、「完全主義者」になってしまい、旧Y’s Dreamを破綻に追い込んでしまいました。そしてすべてを捨ててみて、本当に好きだったものが風船だった…自分で自分のために「おめでとう!」といえるまでに生まれ変わることができたのも、風船のおかげでした。

「自己否定」「自己犠牲」はやめてください。自分で自分を縛り、追い込むだけです。

実際のところ、昭和時代、「自己否定」「自己犠牲」の精神で日本は高度経済成長を遂げることができました。その際、太古の昔から日本の基盤であった「農村」に根付く「ムラ」の価値観が大きな役目を果たしてきました。もともと農業は、農家が孤立して営まれるものではなく、「ムラ」の人びとが団結し、農家ごと順番に作業を行うことで、田植えや稲刈り、それから屋根葺きなどといったかなりの労力が必要な作業をみんなで助け合って行っていたのです。しかしそれが、今の日本の硬直化を招いているのです。いま必要なのは、自分の信念や価値観を一人一人が優先させるという意識です。

「ハーモニー」は重要ですが、一つ間違えると「自己否定」「自己犠牲」になります。無理な調和はいけません。

最後になぜ、今回このようなテーマでの文章を書いたのかについて述べます。とある昭和時代の残滓を厚くまとった「自己否定」「自己犠牲」を是とする「ムラ」的な組織に、私は悩まされていたからです。今でも悩まされていますが、「最後通告」をその組織に突きつけてきました。

 

好きなものは好き!

こんにちは。

風船のどこが人を引き付けるのだろうか…

ここ数日、悩み続けていました。とりわけ、今後バルーンリリースが難しくなるという予想を私はしています。天然ゴム100%のゴム風船は生分解性で、最終的に自然に還ります。特に陸上では落ち葉と同じスピードで有機分解が進み、早い段階で自然に還ります。

しかし、昨年から「特に洋上において、生分解するのに数年程度かかり、その間にクラゲと似た形状になって海洋生物が捕食して、死に至る」という報告が世界各地で相次いでいます。一説によれば、有機分解するだけの微生物がいないほど海が汚れておらず、それ故海洋プラスチックごみと同様になってしまっているようです。このような海域では、いくら生分解するといってもかなりの時間がかかり、結果変形だけが進んでクラゲなどの餌と似た形状になり、海洋生物の捕食につながって環境破壊に至る、ということになります。

実は瀬戸内海などの日本の海では、一部の地域で「貧栄養化」が問題になっています。つまるところ、きれいになりすぎて、漁業に深刻な影響が出ているのです。ノリやアサリの漁獲高が激減しているのはその証拠です。

逆に言えば、海洋環境がきれいになればなるほど、ゴム風船(ラテックス)の有機分解のスピードが落ち、同時に海洋生物へのリスクが増大する、ということになるのです。そうなると、常識が変化する、パラダイムシフトが起きることになります。

これから起きるであろうパラダイムシフトは、明らかにバルーン業界にとっては逆風です。

そのような中で、今一度私は「風船の何が人を惹きつけるのだろうか」と考えています。

 

今年2020年になってから私が生命を吹き込んだ風船たちです。一部を除いて、過去のイベントで使用されずに残った風船たちを活用して制作したものです。そして、これらの作品を制作した理由…

この風船たちに接した人たちの笑顔の華が咲く

からなのです。

私はお金のことだけを考えて風船を膨らませるようなことはしたくありません。かつて私は心身の不調に陥り、長期間休業に追い込まれましたが、最大の原因はお金のことだけを考えて風船と接するようになり、結果鬱の症状が出たからでした。昼夜問わず風船を膨らませ、休みがほとんどなく、お金に追われる日々になっていました。

そして一度離れてみて、やっぱり私は風船が好きだったということが分かりました。

今年初めてバルーングラフィックを制作してみました。今年2020年になってからの作品をふんだんに用いています。

やっぱり好きなものは好きなのです。

令和の時代…風船の常識は変わるのか

こんにちは。

2020年最初の投稿なのですが、かなり厳しい話からしなければなりません。

私は昨年末、「これからバルーンは厳しくなる」とみていました。当初私が予想していた「厳しくなる要素」は、ヘリウムガスの価格高騰と少子高齢化による市場の変化、といったものでした。

しかしながら、それとは全く異なる要素で「これからバルーンが厳しくなる」と私は判断しました。

それは「地球環境の問題」なのですが…ここ最近になって、思いもよらぬ話が世界各地から伝わり始めました。

ウミガメなど海洋生物の生態系にゴム風船が悪影響を及ぼしている

という報告がここ数年、世界的に相次いでいるのです。

過去に風船が地球環境に悪影響を及ぼしているとされ、問題になり、バルーンリリースが一時期廃れました。1990年代前半のことです。これにバルーン業界が危機感を抱き、メーカーはゴム風船を天然ゴム100%化し、「天然ゴム100%のゴム風船は自然分解され、環境に影響を及ぼさない」として、バルーンリリースは復活しました。現実に天然ゴム100%の風船は光分解と熱酸化によって自然に還ります。

ところが、ここ数年、新たな研究結果が報告されたのです。

それは、

天然ゴム100%の風船が海の上で分解されるには、陸上より長い時間がかかり、さらに分解される間に形状がウミガメの餌である鉢クラゲやイカと似たものになり、ウミガメが間違って食べてしまう。さらに小さな破片は体外に排出されるが、クラゲに似た大きな破片はウミガメの体内で消化できず、死んでしまう

というものでした。

ソウス1「プラなし生活」

ソウス2「廃プラで新条例。オーストラリアの「バルーンリリース」禁止」

これがレジ袋をはじめとした、脱プラスチックの流れに乗り、昨年2019年にはアメリカやオーストラリアのそれぞれ一部の州、さらにジブラルタルなどのヨーロッパの一部でバルーンリリースが禁止されるまでになりました。もっとすさまじいところでは、バルーンの販売が全面禁止された地域まで存在するようなのです。

そのようなトピックを、何と世界最大のバルーンメーカー、クオラテックスで知られるパイオニアバルーンカンパニー社が取り上げ、

バルーンリリースを止めて、それに代わる演出を考え出し、バルーンの将来を守ってほしい

という呼びかけをするまでになったのです。

ソウス3「放さないで: クオラテックスバルーンからのお願い」

つい最近まで、バルーンリリースを公認していた世界を代表するメーカーがこのような呼びかけをするまでに至ったこと自体、

パラダイムシフト

が起きつつある、と考えます。

この流れは、近い将来、間違いなく日本にも伝わるとみています。平成から令和に時代が変わり、昭和末期(昭和60年代)から平成初期(平成5年ごろ)、すなわちバブル期の前後の日本を取り上げ、

時代とともに常識も変わる

というようなことを、最近よくテレビなどのメディアで取り上げているのを目にします。タバコ、バイクのヘルメット(1986年義務化)…ほかにもいろいろあります。大部分は科学技術の発展で変わったものが多いのですが、社会の進化と共にかつての常識が今では非常識となったものも数多く見受けられます。

日本国内でもSDGs(Sustinable Development Goals)という新しい価値観が少しずつ広がっています。その中には「作る責任、使う責任」「海の豊かさを守ろう」といったものが含まれています。

ソウス4「Japan SDGs Action Program」

私は今後、

障がい者・高齢者を含むすべての人たちが自分らしく生きていける社会をつくるのにバルーンを役立てたい

という考えを基本にバルーンに取り組むことにしていますが、その中で

子どもたちにどのようにしてバルーンを通した情操教育をしていくのか

という課題に取り組まなければなりません。

海外でバルーンリリースが海洋生態系に悪影響を及ぼしている可能性が取り沙汰され、禁止の方向に向かっているという現実があります。長年、「いつまでも心に残る感動を生み出したい」とバルーン演出に取り組み、無数の風船たちに生命を吹き込んできた私としても、真剣に考える時期が来たと思います。

何しろ、この冬は超が付く暖冬で、晩秋なのか早春なのかわからない日々が続いています。地球温暖化が進行しているのは明らかです。2018年の西日本豪雨、2019年の台風…漁業の世界でも、ここ数年サンマやイカなどのの不漁が深刻化しています。

これからの時代、子どもたちに地球環境に対して正しい認識を持ってもらうためにも、バルーンリリースを今後扱うか、たとえ地球環境に及ぼす影響が微々たるものだとしても、真剣に考える必要が出てきました。

次の投稿では、「なぜバルーン演出に感動するのか」「なぜ風船は多くの人を魅了するのか」ということについて考えてみます。私がなぜ風船が好きになり、風船を愛するようになり、風船を仕事にするまでになったのか…そこから私が歩んできた道のりを振り返り、今後どのようなバルーン演出をしていきたいか、そして風船で一体何が社会に対してできるのか、考えていきたいと思います。

 

たくさんのくす玉を華開かせた2019年…これから

こんにちは。

前の記事で「正直これからバルーンの仕事は厳しくなる」というようなことを述べました。

本当にそうで、バルーンだけで生計を立てることは到底困難だと思いますし、もしバルーンだけで生計を立てていく決心を固めたら、それこそ「学びなおし」「学習放棄」が必要です。そのような時間もお金も余裕もありません。正直バルーンにかける投資は控えたいくらいです。

むしろ、これからの自分ができることは

長年やってきたことを無理なく生かして、若い世代を育てる

ことだと思います。

一方で、長年バルーンアーティストとしてやってきた経験が、福祉の分野で求められているということを、ここ数年実感しています。発達障害があるとされる子どもたちから、認知症予防が求められる高齢者まで、必要とされています。「レクリエーション介護士」という資格を私は2017年に取得しましたが、これでは不十分だと前職で痛感したので、「介護職員初任者研修」を受講し、終了しました。そこでも「勉強が足りない」と痛感していますので、来年2020年は福祉及び介護の分野の勉強および実践に力を入れたいです。

そのため、来年2020年は、バルーンの仕事は少し絞り込もうと考えています。「ふうせんまつり」「バルーンハッピープロジェクト」といった自ら立ち上げたプロジェクトは既に完結しました。これからやりたいことも今は考えられません。大きな仕事は年に多くても3~4回程度にとどめ、できる範囲のことをしっかりとやっていきたいと考えています。

一方で、数は少なくなっても、大きな仕事は最低年に1~2回はやりたいと思います。なぜなら、夢をかなえるために汗を流す姿が多くの人たちを元気づけているのは事実だからです。とりわけ発達障害に苦しむ人たちおよびその親にとって、好きなことで夢をかなえてきたという実績、それ自体が「すごいこと」であり、「くす玉のひもを引っ張るような達成感」を実感することが求められているこれからの時代にたくさんの子どもさんとその親に必要とされているからなのです。

それゆえ「くす玉バルーン制作ワークショップ」は顧客満足度が高いのです。もちろんこれは今後も主力として、継続していきます。さらに、認知症予防のためのバルーン教室、バルーンをふんだんに取り入れた高齢者施設でのレクリエーション、これらを来年2020年以降は充実させたいです。

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「くまさんのげんきだま」発達障がいのある子どもさんおよび親へのメッセージ

2019年の記事のアップは、これを最後にしますが、2019年の作品たちを1枚のバルーングラフィックというか、今回はただのスクラップブックなのですが、それをアップして終わりにします。それでは皆様、よいお年を。